2008/5/24

mudan tensai genkin desu -yuki

二時間かけて鏡と向き合って支度して、満を持して待ち合わせ場所に行くってこれ程わくわくするものはないと思う。
テストとかの逆だよね。あれはキリキリって感じ。胃が。
すっかり浮かれていた私は、待ち合わせ場所に15分前について、それで瀬戸君がやっぱり15分遅れて来た時もだから、浮かれたままだった。
改札を通って現れた彼は、私を見つけて少しだけ苦笑する。この少しだけっていうのがじれったくていいんだよなぁ。
瀬戸君の全開の笑顔とか見たことないよ、私。本当に彼女なんでしょうか。
私は彼の前まで駆け寄る。自然と顔の筋肉が緩んでるのが自分でも分かる。でも仕方ないということにしておいてください。
彼はごくごく自然に私の手を取った。
「じゃ映画行こうか」
「あ、うん!」
き、緊張する。
緊張するけど何だかくすぐったくて、私は多分ずっと照れ照れ笑っていた。

瀬戸君と初めて会ったのは一月前、私が彼の高校がある駅の、駅前の本屋に行った時のこと。
この辺りじゃ一番の品揃えの本屋には何かっていう時によく行くのだ。
その時は確か、英語の参考書を買って店を出た、ところで突然彼に話しかけられた。
「ね、何買ったの?」って。
最初は本屋の前のガードレールに寄りかかって数人で溜まっていた瀬戸君たちに、私も少し用心してた。何で私に話しかけてくるんだろうって。
でも質問に答えると彼は結構気さくで面白くて、ちょっと会話してからびくびくしてた私に「またね」って笑ってくれたんだ。
もともと外見は格好いい彼だから、そんな爽やかな対応されるとすごく印象的だったのだよ。

それから私は何度か同じ本屋に行って……その度に彼に会って、三回目には二人でファーストフードを食べに行った。
で、その帰りに「付き合ってみない?」って言われてメルアドを渡され。
―――― 急展開すぎてドッキリかと思いました!
瀬戸君は優しいし格好いいし、一緒にいるとどきどきするしで言うことない。
だけど、やっぱり早すぎるかな? どうだろうと三日悩んで……
結局私はokしたんだよね。だってこんな機会もうこないかもしれないし。
美菜子は「お試しならいいんじゃない」って言ってた。そんな試食みたいに言わなくてもいいと思うんですが。
そんなわけであっという間に彼氏と彼女になった私たちは、今日が初めてのちゃんとしたデートだったりするのです。

「何か飲み物いる?」
「あ、うん。じゃあコーラで」
瀬戸君は頷くとコーラを二つとポップコーン一つを買って、コーラの一つを私に差し出してくれた。
「あ、ありがとう」
流れるような気遣いにただお礼を言うだけですみません。
くすぐったくて落ち着かないなぁ。どこを見ていいのかよく分かんない。
だから私は映画が始まると一生懸命スクリーンに集中することにした。公開されたばかりのファンタジー映画。
映像が本当綺麗で、戦闘シーンも迫力があって二時間があっという間だった!
すっかりのめり込んでいた私はだけど、周りが明るくなって隣を見て ―――― 瀬戸君が少し苦笑して私を見ていたから、多分真っ赤になってしまった。

その後私たちは一緒にお昼を食べて、街をぶらぶらと歩いた。
彼は私の買い物にも付き合ってくれて、服を見立ててくれたりした。
ずっとずっと緊張して、どきどきして、それが当たり前に感じられるようになった夕方、私たちはもとの駅前に戻ってきた。
「もう帰るの?」
「うん。18時までに帰るって家族と約束してきたし」
「そっか」
瀬戸君は真顔で頷く。こういう時の彼の表情って何を考えているかよく分からない。クールっていうのかな。
私は少し、がっかりさせちゃったのかな、って思ったけど、彼も女の子に半日付き合って疲れてるのかもしれないし予定通り帰ることにする。
繋いでいた手を離した時、妙に淋しいような気が抜けたような気がして、私は何だかぼーっとしてたみたい。
我に返ったのは瀬戸君と別れた後の電車の中、急に肩を叩かれた時だった。
「下りるんでしょ、ここで」
そう言って私の顔を覗き込んだのは、年上の眼鏡をかけた……何ていうか優しそうなお兄さん。
知らない人に声をかけられたのと、そのお兄さんがずいぶん柔らかな笑顔で私を見ていたのとで、私はかなり吃驚してしまった。
ぽかんと口を開けて、けどもう一度「ほら、閉まっちゃうよ」と言われて慌てて席を立つ。
何とか扉が閉まる前にホームに転がり出た私は、そこでお礼も何も言っていないことに気づいた。
振り返って電車の中を見ると、お兄さんは私に向かって手を振っている。私は急いで頭を下げた。電車が動き出す音がする。
頭を上げた時もうお兄さんの顔は見えなかった。電車の尻尾が遠ざかっていくだけ。の、乗り過ごすところだったよ。危ない。
―――― それにしても親切な人だったなぁ。うちのお兄ちゃんとはタイプが違うけど、あんなお兄さんがいてもよかったかも。
私はそんなことを考えながら、やっぱりぼんやりを引きずって家に帰ったのでした。

いつも通りの家族での夕飯。でも俊樹だけは何だか不機嫌そうだった。食べるだけ食べてさっさといなくなっちゃうし。
そういう私も疲れたので、今日はPC開かずに早々に寝ることにする。
どんな夢を見られるのか選べたら、もっと眠るのが楽しいかもしれないな。
まだ明日もお休み。寝坊できるぞー。