2008/5/26

mudan tensai genkin desu -yuki

英語のプリントは一応やったけれど、合っているかどうかはさっぱり分からなかった。
というか確かめる気にもなれなくて。私は月曜日の授業のほぼ全部を上の空で聞いていた。
パンドラの箱は最後に希望を閉じ込めて終わる。
だがそれは正確には予知なのだと、どこかで読んだ気もした。
未来のことが分かってしまったら人は絶望して生きられなくなるから、なんだって。
大げさかもしれないけど私もそんな気分で―――― ずっと考え込んでいたんです。

帰りの電車でも私はあのブログと、そこに書かれていたことを考えたままだった。
同じことが頭の中をぐるぐるして、ちっとも進まない。
瀬戸君に昨日書いたメールの返事が返ってこないというのも、私を凹ませるのに一役買ってた。
いつもなら気にしないんだけど、初デートの後で、しかもあのブログを見た後だしな……はぁ。
私ってきっと瀬戸君のことを全然知らないんだろうな。
ゆっくり時間をかけて知ればいいと思ってたけど、それで済ませられるのも世間知らずだからなんだろうか。
彼の目からは私は一体どんな女の子に見えてるんだろう。

そんな調子で溜息を量産していた私は、電車の中、また突然肩に手を置かれてビクッとしてしまった。
見上げると優しそうなお兄さんが苦笑して私を見下ろしている。
あ、この人すっごく見覚えある。確か一昨日……
「また乗り過ごしちゃうよ」
言われて私は電車の外を見た。窓の向こうはまさに下りる駅のホームに電車が滑り込んでいく、っていうところ。
私は急いで立ち上がるとお兄さんに頭を下げた。
「ありがとうございます! あの、こないだも……」
「気をつけてね。布由ちゃん」
「え?」
名前を呼ばれて私は聞き返す。
多分知らない人だ。知らない人だと思っていた。
でもよく考えるとこのお兄さんは何でか私の下りる駅を知ってて、私の名前も知っている。
本当は知ってる人なんだろうか。
それを聞こうとしたけど、電車のドアが開く音がして私は慌てて振り返った。お、下りないと、でも……
私が困っているのを見透かしたのかお兄さんはホームを指差す。
「ほら、下りないと。また会おうね」
言われるまま私は押されて電車を下りて―――― 一体何だったんだろうと首を捻ったのだ。

夕食を急いで食べてお風呂に入ると私はPCの前に向かった。
今日の「フユ」の日記は彼氏のこと。これってやっぱり瀬戸君のことじゃないのかな。
美菜子にも言われたけど、私もまさか瀬戸君と結婚したいとまでは思ってない。
ということはそれは、いつかは彼と別れるって分かっている、ってのと同じ意味なんだろうか。
うーん……けど、でもそれはやっぱり微妙に違うんだと思う。
でもどう違うのか上手くまとまらなくて、私はコメント欄を開くと今日一日考えていた文章を打ち込んだ。

 初めまして。突然のコメントごめんなさい。
 私はフユといいます。2008年のフユです。
 あなたのブログの内容や写真が、まるで未来の自分にしか思えなくて、私は悩んでいます。
 本当にあなたのいる時間は2010年で、あなたは私なんでしょうか。
 私のお兄ちゃんのイニシャルはS.S。弟はT.Sです。猫の名前はチル。
 その前に飼っていた猫はトラ猫のワンコです。
 あなたが自分に送ったメールは私のところへ来ています。
 どうすればあなたと話ができますか? あなたは、誰ですか?
 変なコメントですみません。でも本当に気になってるんです。
 お返事をお待ちしています。

見返せば見返すほどおかしな内容。
でも今はこれ以上のことは言えない、と思うんだ。
誰が見ているか分からないブログに個人情報はあんまり出せないし……。
メールが出来ればいいんだろうけど、私とこのフユのメールアドレスって同じみたいなんだよね。どうなるのそれ。
どうなってしまうのか怖くて、私はコメントを書き込んでしまうとすぐブラウザを閉じた。
そのままPCの電源も切ってベッドに潜り込む。
「フユ」はコメントを返してくれるかな。それとも無視するかな。
私だったらどうするだろう。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか私は眠ってしまっていた。