2008/5/30

mudan tensai genkin desu -yuki

今日から17歳。何か微妙な年だよね。境界って感じがする。私だけなのかもしれないけど。
16でも18でもない曖昧な境界。
この日何があるのかなんて分からなかったし、私も別に気負ってはいなかった。
メールはまだ来ていない。
でも不思議と悲しくはない。
それは、誕生日だからかも。
人の体の部分が徐々に死んで新しいものに移り変わるように、私も今日新しいものになりつつあるのかもしれない。

「うーん。そうだったんだ……。
 まぁあいつら、いつもあそこでたむろってるんだから、やりそうかも、っていったらそうなのかもしれないけど。失礼な話よね」
昨日、俊樹に言われたことを話したら、美菜子はそう感想をくれた。何だか私以上にご立腹に見えます。
私は苦笑して「さぁ、どうだろ」と相槌を打った。
「けどお試しって言えばお試しだったんだし。早めに分かってよかったかもしれないよ。忘れちゃいなよ。
 それよりこれ、誕生日おめでとう!」
「あ、ありがと!」
可愛らしい小さな包み。開けていい? って聞いてあけると中には水色のテディベアが入ってました。
しかもね、首輪についてるプレートに私の名前と今日の日付が入ってる。すっごい! 嬉しいよ!
私は小さなテディベアについてるチェーンを鞄につけた。うーん、可愛い。
少し落ち込みだった気分が一気に上向きですよ。
やっぱり、私って結構幸せなんだな。そして今日も幸せな日になるはず!

帰宅してすぐ、私は家族と一緒に近くのレストランに移動した。去年もこのレストランで誕生日を祝ってもらったんだよね。
広いレストランの窓際のテーブルは眺めもよくていい雰囲気なのです。
イタリアンのコースを食べて、ケーキを切り分けて、最後にコーヒーが運ばれてきた時、私はちょっとトイレに立った。
小さなバッグに移しかえていた携帯をトイレの前で取り出す。
レストランだから着信音切ってあったけど、何かメールがきてないかなって思ったんだ。
結論から言ってメールは来てた。ただそれは私が少し期待していた人からではなく望からのもので――――
誕生日を祝う言葉と、そしてちょっと予想外なことが書かれていた。
私は何度もメールを読み返す。
もう戻らないと家族が心配するかもしれない。お母さんが探しにくるかも。
それでも私は動けなかった。戻りたくないような気さえしてた。
望からのメールには

例のブログは未来のブログじゃなくて、誰か布由の家族で、PCに詳しい人が作ったものなのかもしれない。

と書かれていた。

メールには他にも何でそう思ったかってことがいっぱい書かれてた。正確にはどうすれば出来るか、かな。
最初の自分からのメールは送信アドレスを偽装したんじゃないかとか
あのブログが設置されているサーバスペースは安価で借りられる有料のレンタルスペースだとか
携帯から見られないのは、自宅以外からのアクセスを制限してるからじゃないかとか
アクセサリは写真を取ってから直したんじゃないかとか、2年後の携帯にしては画像が悪いとか、他にも色々。
書かれていることの全部は理解できなかったけど、とにかく「今」でも作れるってことだけは分かった。
でも分からないのは、誰が、なぜ、こんなことをしたかってこと、
私をからかいたかった?
瀬戸君と別れさせたかった?
何がしたかったの? なぜこんなやりかたをするの?
教えてよ―――― お兄ちゃん。

読んですぐ、私は直感的にお兄ちゃんだって思った。
キャラじゃないのは分かってる。分かってるけど、俊樹にこんなことは出来ないよ。勿論親にも。
家族で出来るのはお兄ちゃんしかいない。でも、だからかえって私の頭はがこんがらがった。
直接聞くべきか、気づかないままにしておくべきか、ちっとも決心がつかない。
なんかもうしゃがみこみたくなって床をじっと見ていた時、けど私は急に肩を叩かれた。
「布由ちゃん、どうしたの?」
「あ、あれ?」
何でこんなところにいるんですか!
私の驚いた顔を見て、カナメさんはにっこりと……泣きたくなるくらい優しい笑顔になる。
「伸一から今日ここで誕生日パーティやるって聞いて。ひょっとしたらいるかなーと思ったんだ」
「あ、なら、お兄ちゃんはあっちに……」
「いいのいいの。伸一とはいつも大学で会えるから。それより布由ちゃんにこれ」
カナメさんはそういうとピンクのリボンがかかった小さな箱を手渡してくる。あの、これってもしかして……
「開けてみて」
言われるまま私が開けてみると、中には金のブレスレットが入っていた。小さな蝶の飾りがついていて、かなり大人っぽいデザイン。
びっくりしてる私にカナメさんは
「誕生日おめでとう」
と笑う。
「え、いいんですか!?」
「勿論。その為に買ったんだし」
「あ……ありがとうございます!」
慌てて頭を下げるとカナメさんは「喜んでもらえたら嬉しいよ」って言ってくれて、それがすごく大人っぽくて……
私は、お兄ちゃんの友達のカナメさんなら相談に乗ってもらえるのかも、って例のブログの話をしたんだ。

私のもたつきぎみの説明をカナメさんは真剣に聞いてくれた。
その表情には馬鹿にしたところが一切なくて、相談されることになれてるのかな、と思ったりする。
家族を待たせてるから慌しくなっちゃった話を聞き終えると、カナメさんは眼鏡の奥で少し困ったように微笑んだ。
「本当に伸一かどうか、どうしても気になるなら聞いてみればいいよ。
 でもまだそうだと決まったわけじゃないし、伸一が君の事をすっごーく大事にしてるってことを僕は知ってる」
「本当……ですか?」
「そう。よく君の話を聞くしね。優しいいい子だって。それに可愛い」
「可愛い?」
「あ、これは僕の感想だけど」
さらっと言われたので流しそうになっちゃいました。何てこと言うんですか!
私は紅くなってしまったほっぺたを押さえてうつむいてしまった。どんな顔していいのかよく分からないよ。
カナメさんはそれでも大人の余裕で私の頭を撫でると
「だから伸一を信じればいいよ。君の為にならないことをあいつは絶対しない」
と断言してくれる。
だから、その言葉に押されて―――― 私は無事お兄ちゃんの待つテーブルへと戻る事ができたんだ。

カナメさんはお兄ちゃんには会わないで帰っていったみたい。
私は心配してたお母さんに「食べ過ぎてお腹痛かった」と恥ずかしい言い訳をする羽目になった。食いしん坊万歳。
レストランを出ると、お父さんとお母さんは二人で飲みに行くって言って、私たちは三人で帰ることになった。
帰り道、俊樹はずっと持っていた紙袋を私に差し出してくる。
「はい、姉ちゃんこれ、プレゼント」
「ありがとう。ワンピース?」
「何で知ってんの!? もしかして見た?」
「見てない見てない。ただ欲しかったから」
私がそう言うと俊樹はほっとした顔になった。
ちょっとだけ、俊樹もあのブログに関わってたんじゃないかって疑ってたんだけど、今の表情を見るとそんなことないな、って気がする。
やつは照れくさそうにそっぽを向いた。
「俺、女の子の服とかよく分からないから勧められたの買ったんだ」
「誰が買い物に付き合ってくれたの? マネージャー?」
「違うって。兄貴の友達。斉藤さんって言う人。たまたま街で会ったから……」
「…………え?」
それってまさかカナメさんのこと? あの人が選んでくれたの?
私は右手につけた貰ったばかりのブレスレットを眺める。
そういえばこのブレスレットのブランドも、俊樹がくれた紙袋に書かれてるブランドも、どちらも三つ先の駅の百貨店に入ってるブランドだ。
もしかしてだから顔をあわせたのかな。何か不思議。
私はあったかい幸せな気分で紙袋を両手で抱える。家はもうすぐそこだった。

部屋に戻った私は俊樹から貰ったワンピースをクローゼットにかけた。
薄いピンクのAラインワンピース。大人っぽいけど可愛い! ブレスレットにも合いそう。
ニヤニヤ笑いを浮かべてた私は、その時ドアをノックされてついドアの横にある鏡を見てしまい、自分の表情のおかしさに気づいた。ア、アブナイ人だ。
返事をするとお兄ちゃんが入ってくる。手には5冊くらいの参考書があって―――― リボンがかかっていた。
「これは俺から。大学受験するのにいい」
「あ、ありがとう」
いかにも「らしい」けど……参考書か! お兄ちゃん一筋縄ではいかないよ!
でも気持ちが嬉しくて私は笑顔で本を受け取った。お兄ちゃんは私のベッドに座る。
いつも真顔だけど、今日は何か考えてるみたいな顔だ。ひょっとして、何か話があるんだろうか。あのブログのこととか?
私は緊張してお兄ちゃんを見る。これって私から何か言うべきなのかな。
けど迷っているうちに話を切り出したのはお兄ちゃんの方だった。
「お前、彼氏がいるんだよな?」
「へ!? ……う、うん。いる、というか、いた、かな?」
「…………そうか。まぁそれはいいとして。斉藤要って覚えてるか? こないだ家に来てた友達」
「カナメさん? うん。もちろん!」
何でカナメさん。でも私は話があのブログのことにならなくてちょっとほっとした。正直怖いってのもある。
だけどお兄ちゃんは難しい顔になって、立ったままの私を見上げた。
「実は……あいつはお前のこと気に入ってるんだ。
 で、悪いやつじゃないんだがちょっと変わったところがあってな。
 あんまりあいつの笑顔とか信じない方がいい。彼氏がいるならさすがに諦めると思うが、欲しいものに対してはちょっと強引なところあるからな」
「え?」
何を言われたのかよく分からない。
カナメさん……の話だよね? 違う人じゃないよね? 何かイメージ違うんだけど。
まったく分かりません、って顔になった私に、お兄ちゃんはますます難しい顔になった。
「外面がいいけど、決してあの通りの人間じゃないから。
 俊樹も抱きこんでるみたいだし、一応そのことを意識してた方がいい。何かあったら俺に言え。
 お前があいつを気に入ったっていうならそれはそれでもいいんだが」
え?
まだよく分からない。
カナメさんが私を? あの通りの人間じゃないって?
混乱する私にお兄ちゃんは苦笑した。
「そんな深刻に考えなくてもいい。けど、あいつがこないだ家に来たのはどうしてもお前を紹介してくれって言われたからだよ」
お兄ちゃんは立ち上がると、「誕生日おめでとう。おやすみ」と言って自分の部屋に帰っていた。
一人残された私はしばらく呆然としてしまう。
何だか誰もが少しずつ嘘をついているような、そんな気さえした。
PCの電源をいれて……起動を待っている間、私は机の引き出しを開ける。ブログに写真があったブレスレットを取り出した。
よーく見てみる、けど、分からない。でも瞬間接着剤か何かで元通りくっつけることも可能かな、って感じ。
私は諦めてブレスレットをしまおうとして、机の奥に見かけないメモが入っている事に気づいた。引っ張り出して読んで見る。
そこには「姉ちゃんへ。ブレスレット、壊しちゃいました。直してはみたけど。ほんとごめん。 俊樹」と書かれてた。
思わずメモを取り落とす。そういうことは直接言おうよ! じゃなくて、このメモいつからあったの!?
ますます頭がこんがらがって、私はメモを参考書の横に置いた。本をくくるリボンを解いてみると参考書にはカードがついてる。
こっちにはお兄ちゃんの字で「お前は頑張ればどんな未来だって選べる」と書いてあった。
―― みんながみんな、私に色んなことを言ってくる。
それがもう飽和しちゃってめまいがしそう。こんな誕生日初めてだよ。全然わかんない!

最後に私はあのブログを見た。
ブログは―――― 今までの記事が全て消されていて、一つだけ、今日の日付で記事が書かれていた。

お誕生日おめでとう、布由。
今年一年、よい年になることを祈って。

シンプルな言葉。
一体これは、誰が本当に私にかけてくれた言葉なんだろう。
答は出ない。ただバラバラのピースが散らばっているだけ。
それでも私は少しだけ嬉しくて―――― 今だけは、誰が書いたのでもいいと思った。