マルとムーミア―――落し物屋

「マル、こんなのどう?」
「おお、それは結構いいんじゃねぇか?よし、籠に入れとけ!良くやったな、ムーミア。」
ムーミアが「へへっ」と嬉しそうに笑いながら籠の中へと投げ入れたモノはカチャリと音を立てて収まるべきところに収まった。
籠の中には拾ったばかりのたくさんのモノたち。使用用途が良く分からないモノも…………まぁ、多いがそんなのは気にしちゃいけねぇ。
『モノはしかるべき処に収まるもの』
それが儂等のモットーだ。

そして、もう一つ―――

「―――おっ!」
目の前をコロコロと転がって来た拳大の球を素早くキャッチする。
「あら、ありがとう。拾ってくれたのね。」
笑顔を浮かべながら振り向いた女に、片手を突き出す。
けれど、薄茶の丈の長い服を着たその女は不審そうに首を傾げた。
「どうしたの、坊や?早くそれを返してほしいのだけど……?」
「坊やとは失敬な!儂はもう十だ。坊やなどという歳では無いわ!」
女の聞き捨てならない物言いに怒鳴って睨み上げると、儂の後ろでムーミアもうんうんと頷いた。
「そう……悪かったわね。」
「わかれば良いのだ。それでは、三割頂こうか?」
そう言ってさらに片手を突き出すと、女は傾げていた首をさらに傾げた。
儂とムーミアはそれを見て、「はぁ~」と深く溜息をついて見せた。
「礼に三割くれと言っているんだ。お前の持ち物を拾ってやっただろう?」
「―――ちょっと落としただけじゃない!」
「そう、お前はこれを落とした。その落し物を拾ったのはこの儂だ。そして、落とし主は拾い主に落としたモノのその三割を払わなければならない。これは、決まりだ!」
「だ~れ~が、そんなこと決めたのよっ!!」
腰に手を当てて見下ろしてきた女に負けじとムーミアと女を下から見上げる。
「ニホンジンがそう教えてくれたのだ!そして、それを知った時から儂等は“落し物屋”として働いている。儂等“落し物屋”のマルとムーミアが“仕事”として、お前の落し物を拾ったのだ。然るべき報酬はきちんと払ってもらおう!」

そう、『拾い主は礼、三割』も忘れてはいけないのだ。


*****


「三割!!」と言って手を突き出す子供二人組に女は「しょうがないわね……」と諦めたように肩を竦めた。
「商談成立だな!」
ニカッと笑うマルから透明の球を受け取ると球の蓋を開け、中の物を取り出した。
「これ、好物なのに……」
小さく嘆息しながらも、女は球の中身である砂糖菓子の三割を持っていた紙に包んでマルとムーミアに手渡した。
「仲良く二人で分けるのよ。」
「毎度あり!!」
受け取りながら元気良く声を合わせて言った二人にヒラヒラと手を振って女はとぼとぼと去って行った。

「さて、そろそろ儂等も店に戻るか。」
マルの言葉にムーミアが勢いよく頷く。それを合図にマルは道に置いたままになっていた籠を取り上げると彼らの店である“落し物屋”へと歩き出したのだった。


―――――“落し物屋”
その店は宿屋や魔法屋などが集中している冒険者街、クーナ・ティエンダにある。
たくさんの冒険者たちが行き交う場所であるからこそ、とにかく落し物が多い。「旅に必要なものだから」と、落した物をわざわざ探しにやって来る者もいるし、逆に「特に必要はない」と、そのまま放置する者もいる。
拾われた数々の落し物は三か月という一定期間、マルとムーミアによって責任を持って保管される。けれどその期間を過ぎたモノは“落とし主無し”として売却すると二人は決めていた。
そして、その収益は“落し物屋”の収益の八割を占めているのだ。
そういうわけで、二人にとってクーナ・ティエンダは“落し物屋”を開くのに絶好の場所だった。


「ねぇ、マル。三か月経ったら、これ売らないで私が貰ってもいい?」
三か月を過ぎた落し物スタンプたちを整理していたマルはムーミアの言葉に顔をあげた。
見ると、ムーミアがうっとりという表現が似合いそうな顔で棚の上に並べてある一つのブローチを眺めていた。
五つの花をかたどった銀のブローチには、その花の中心にそれぞれ異なった種類のキラキラと光る石がはめ込まれている。ムーミアは棚に置いてあるブローチを手で動かしながら光の加減によって変わる石の輝きを楽しんでいた。
「それは、あと三日もすれば三か月が経つからな、ムーミアにすぐあげたいのはあげたいんだが……でも落とし主無しのモノは売りに出すと、この店を始めた時に二人で決めただろう?」
マルの言葉にムーミアは「そうだよね」と呟いたが同時にあからさまにがっかりと肩を落とした。
名残惜しそうに、もう一度、銀細工のブローチに触れ、手を離す。
そんなムーミアの様子に苦笑しながらマルは続けた。
「だから決まり通り、売りには出そう。だが、一日だけ。その日、売れなかったらムーミアの物にするといい。」
「ホントにいいの?」
パッと顔を輝かせたムーミアにマルが頷く。
ピョコピョコと嬉しそうに跳ね出した自分よりも年下のムーミアに「やはり女の子だな」と、実際には二歳しか離れていないにも関わらず、どこか保護者めいた気持ちでマルはその様子を微笑ましく眺めたのだった。

機嫌の良いムーミアは飛び跳ねながらマルの元へとやって来ると、いくつものスタンプが並んだ作業台を興味深げに覗き込んだ。
「私も手伝おうか?」
「いや、大丈夫だ。これ全部三か月過ぎてしまったから売ろうと思ったんだが、どれもインクが少なくて売り物にならねぇんだよ。」
説明しながらマルはスタンプの分解を始める。その様子を眺めていたムーミアは驚いて目を瞠った。
「マル、何してるの?」
「こうやって一回分解して残ってるインクを一つに集めようと思ってるんだ。」
「え?……でも、それって、大丈夫なの?」
ムーミアはスタンプの効果が書いてある部分を見ながら訝しげに眉を寄せた。
浮遊させるもの、スピードを上げる効果を持つ一般的なモノに始まり、頭の毛を生やすものというモノまである。その数、十二種類。しかも、全てが違った効能を持っている。マルはそれら、残っているインクを何とか寄せ集めて一つのスタンプにしようと言っているのだ。
不安気なムーミアをよそにマルはどこか間違った理論を叩きだす。
「大丈夫さ。ほら、珈琲や紅茶に砂糖を入れたら美味しくなるだろう?それに、ニホンジンはコーラという飲み物にメロンソーダを混ぜるらしい。しかも、二つを混ぜたらやっぱり美味しくなるんだそうだ。」
一体、どんな日本人からそんなことを聞いたのか。一般的な日本人が聞いたら顔を顰めそうなことをマルは真顔で語った。
「いいか、ムーミア。あるモノに何か全く別のモノを混ぜると素晴らしいものができるんだぞ。」
間違った根拠を元に、けれど自信満々に言い放ったマルに、ムーミアは「なるほど~」と感嘆の眼差しを贈った。
こうして、効果が分からないインク寄せ集めスタンプは“何でもスタンプ”と新たに命名され次の日から落し物屋の商品として店先に並んだのであった。

「これを頂けるかね?」
「そいつは……ちょっと……」
珍しく店を訪れた貴族の男が手にした物にマルは躊躇いがちに口を開いた。
彼が持っていたのは三日前にムーミアが欲しがっていた銀細工のブローチだったのだ。
「何だね?」
黒い瞳を細めて丸眼鏡に手をあてた男に、ムーミアはマルの服の袖をちょんちょんと引っ張った。
「ムーミア……」
ムーミアが首を振る。溜息をつき「わかったよ」と呟いたマルに笑みを向けると、ムーミアは男の前に進み出て営業用の笑顔を向けた。
「お気に召すものが見つかって良かったです。お包みいたしましょうか?」
「ああ、頼むよ。」
男の手からムーミアの手の中へと花の飾りのついたブローチが落とされる。
ムーミアはさっさと店の奥へとそれを持って行くと慣れた手つきで綺麗に包み始めた。
けれど、包みを閉じる瞬間、ムーミアが愛おしそうにブローチを見つめ、くるりとした翠の瞳が揺れたのをマルは見逃さなかった。

「ここにはたまに掘り出し物があると友人から聞いて寄ってみたんだが本当だった。また機会があったら寄らせてもらうよ。」と言って去って行った男の背中を店先から見送る。その姿が完全に見えなくなった後、マルは小さく溜息をついた。
「ごめんな、ムーミア。」
―――こんなことになるなら、はじめから期待を持たせるようなことを言うべきじゃなかった。
哀しげに揺れたムーミアの翠の瞳を見た時、マルは胸がツキリと痛み、酷く後悔した。
けれど、ムーミアはさっきしたように、もう一度首を振って笑った。
「ううん。マルのせいじゃないよ。二人で決めた決まりでしょう?それに、『モノはしかるべき処に収まるもの』。あのブローチだって私に使われるよりも貴族様に使われた方がいいに決まってるよ。だって、私にはあんな上等なもの似合わないもん。」
―――そんなことはない、あの銀のブローチはムーミアに充分似合っていた。
マルはそう言ってやりたかったが、「そっか」とだけ呟くとムーミアの金茶の頭をポンポンと撫でた。
「さぁ、仕事に戻るか。」


けれど、事件(?)はここから始まったのだ。

突然店へ飛び込んできた銀の髪の女にマルとムーミアは驚いて顔を上げた。
腰まで届く程の銀の髪はサラリと流れ、まるで鏡のようなその髪は自分たちの姿が映ってしまうのではないかというくらい光り輝いていた。
どうやら走ってここまできたらしいその女は、息を切らせながら蒼の瞳を店の中へ向けると陳列している商品へと目を走らせた。
纏っている上品な服から察するに今日二人目の貴族の客だろうと当たりをつけたマルは必死の形相で商品を見渡している女へと声を掛けた。
「お客さん。何か、お探しですか?」
「―――え?あ、ああ……」
マルの声に女は前に流れていた銀の髪を片手で掻きあげて耳に掛けると眉尻を下げながら言った。
「ちょっと銀細工のブローチを探しているのよ。三か月前に失くしたもので、ずっと探していたのだけど……友達が特徴のよく似たブローチをここで見たって言うから来てみたの。」
何だかとても心当たりのある探し物にマルとムーミアはお互いに顔を見合わせた。だが、だからと言って『つい今さっき売れちゃったんですよぉ~』と言う訳にはいかない。それにまだ先程の売れたばかりのブローチと決まった訳では無いのだ。
マルは机の中から紙とペンを取り出すと女に差し出した。
「そのブローチ、どんなものでした?道に落ちてたら儂等が拾って届けてあげますよ。」
女は「そう?有難う」と言って紙とペンを受け取るとサラサラと絵を描きだした。
紙に描き出されたブローチをマルとムーミアは揃って覗きこむ。
やはりというか、なんというか、それはマル達が予想していた通り、ついさっきまでこの店の棚に並んでいたブローチと全く同じモノだった。
「これ、大切なモノなんですか?」
女を見上げながらそう尋ねたムーミアに、彼女は頬をほんのりと赤らめながら嬉しそうに笑った。
「ええ。彼から初めてもらったモノなのよ。今は仕事の都合で他の街に住んでるんだけどね、五日後に帰ってくるの。だから、その時までには絶対に見つけたいのよ。」
「そうなんですか……」

「それじゃあ、よろしく頼んだわね」と颯爽と去っていった女の背を見送りながら二人は「どうする?」と顔を見合わせた。
どうするも何も、どうしようもできないのだ。マルやムーミアが着ている服はどう見たって上等な代物ではない。よく見ると継ぎ接ぎもしてあり、一般人の服よりも劣っている。下手するとクーナ・ティエンダを歩いている長年旅をしてきた冒険者たちの服装に近いものがあった。貴族の居住街に行っても不審な目で見られるのがおちである。下手すれば叩きだされるかもしれない。
それに、貴族支配領域はヴァイシルトとシュヴァルツァの二つに分かれているのだ。しかも、この二つの貴族は仲が悪いときている。クーナ・ティエンダに近いヴァイシルト側から入って、そのままシュヴァルツァに抜けようとしたら何をされるかわからない。
そもそも、この街、テンペランティアの約六分の一を占める貴族支配領域からたった一人の貴族を見つけ出すなど到底無理な話である。


そういう訳で、結局二人は何もできず、ただ何とかしなければと思っている内に、さらに三日が過ぎてしまった。

今朝も、いつも通り店の前を箒で掃いていたムーミアが急に「あっ!」と声を上げた。
どうしたのか、と聞き返すまでもなく店に入って来た人物にマルも続いて「あっ!」と声を上げることとなった。
店の前に立つのは丸眼鏡を掛けた黒髪黒眼の男。先日ブローチを買って行った男だった。前に店に現れた時と同じこれまた黒の見るからに生地の良さそうな服装。ただ一つ以前と違っていたのは、その男の顔が険しいということだったが、恐らくそれが一番の問題なのだろう。
すっかり固まってしまったムーミアの横に立ち、マルは営業用の笑顔で「いらっしゃいませ」と営業上の挨拶を述べた。ただ、その笑みがひきつっていなかったかと問われると、そこは否定できない。
男はずかずかと入ってくるとダンッと勢いよく商品棚の一つに拳を打ちつけ、手を開いた。開いてしまうと、それで用は済んだとばかりに踵を返して店の外へと出ていった。
「ちょっと、お客さん!」
何だかよく分からないが、このまま帰す訳にはいかないと去りゆく背中に呼び掛けたマルは「何だ?」とやたらに低い声で、ゆっくりと振り向いた男に、呼びとめてしまったことを少し後悔した。けれど、こんなことで怯えていたら商売など続けていける筈がないのだ。そう自分を叱咤し、マルは鋭く光る黒い瞳へと顔を向けた。
「ちょっと、お客さん。いきなり来て、儂等の店の棚叩いて帰るなんて一体どうしたんですか?」
男は一度空を見上げて深い嘆息を漏らすと、再び向き直り億劫そうに口を開いた。
「―――そのブローチ。」
男の言葉にマルとムーミアが木製の商品棚を見ると、確かに男が拳を打ちつけた場所に数日前に確かに見たモノと全く同じ銀細工のブローチが置いてあった。
「先日貴方様が御購入になったものですよね。一体このブローチがどうかされたんですか?」
「そのアンティークのブローチはヴァイシルトの女のモノだというじゃないか。妹が気付いたから良かったものの危うくシャンディラに贈るところだった。ヴァイシルトのモノならヴァイシルトのモノだときちんと書いておけ!」
そんな理不尽な、と思いつつも、どうやら彼はこの店で買ったブローチをシャンディラ、恐らく恋人であろう相手に贈るつもりだったらしい。けれど、そのブローチを彼の妹が見たことがあったのか、元はヴァイシルトの女の持ち物であったと知り、そんなもの贈れるか、と怒って返しに来た、とそう言いたいのだろう。
つまり、あの男貴族はシュヴァルツァでもう一人の銀髪の女貴族はヴァイシルトであったのか。
そうマルが納得している間に再び踵を返したらしい、男の姿はさっきよりも小さくなっていった。
「ちょっとお客さん!代金はいいんですか?」
「結構だ!!」
そう言い放ってすっかり姿を消した男にマルは「もうかった」とこっそり笑みを浮かべた。代金はそのまま。銀細工のブローチは戻って来たのだ。

マルが店の中へ戻るとムーミアが棚に置かれたブローチを手に取っているところだった。
「マル、早くブローチを届けに行こう。」
振り向いて笑みを浮かべながらそう言ったムーミアにマルは眉根を寄せた。
「いいのか?返しに行って。そのブローチが欲しかったんだろう?このまま黙ってムーミアが貰ったとしても、きっとばれねぇと思うぞ?」
マルは本当にこれでムーミアの手元にブローチが戻ったと思ったのだ。銀の髪の女に約束した手前、少しは良心が痛むが、元々大事なモノだというブローチを落とした女にも責任はある。
マルの言葉に、ムーミアは自分の手元の中で光っている花の飾りのついた銀のブローチをじっと見つめていたが結局は首を横に振った。
「いいの。だって、あの人にとってはすごく大切なものだし。……それに、“拾い主は礼、三割”でしょう?」
そう言ってニカッと笑い、ムーミアは三本指を突き立てマルの目の前へとかざした。
「そうだな……。“拾い主は礼、三割”だ。」
同じくニカッと笑いながらも、マルは「ムーミアが大人になったなぁ」としみじみ思った。実際のところは二歳年下なだけなのだが、やはりマルはどこか保護者めいた気持でムーミアを眺めたのだ。
「よし、じゃあ今から届けに行ってやろう!」
マルは机の引き出しからしまっていた紙を取り出すと、出かける為に一度店を閉めた。


ムーミアと二人並んで、ヴァイシルト貴族の支配領域を目指す。
紙に書いては貰ったものの、しっかりは見ていなかったが、そこに書かれた地図と住所は確かにヴァイシルトのものだった。
「けど、でっけえなぁ……」
遠くから見たことはあるが、近くで見る機会はほとんどと言っていいほどなかった貴族たちの家々はそれ自体がお城と言っていいほど大規模なものだった。
「この中から家探すのって、地図があっても難しそうだね。」
ぽつりと漏らされたムーミアの呟きにマルは「ぐぇっ」と蛙が潰れたような声を出した。実は地図を読むことはそんなに得意ではないのだ。 そんな不安になることはできれば言わないで欲しい。

しかし、意外にも目当ての人物はすぐに見つかった。
雑踏の中をひときわ目立つ光る銀の長い髪の持ち主が颯爽と歩いていたのだ。
近づいて来た、どう見ても場違いな服装の子供二人組に彼女は「あら」と驚いたような声を出した。
「見つかりましたよ。」
ムーミアは、そう言って女に笑いかけるとポケットの中をがさごそと漁ってブローチを取り出した。
だが、女はムーミアの小さな手の中で輝く銀のブローチを一瞥しただけで「まあ、本当ね」と対して喜びもせず、そっけない口調で答えただけだった。
予想外の女の反応にマルとムーミアが顔を合わせて首を捻ると女は深い嘆息を漏らしながら口を開いた。
「せっかく見つけてもらって悪いんだけど、ソレもういらなくなっちゃったのよ。」
「どういうことですか?」
ムーミアが尋ねると女は明らかに不機嫌そうな表情を浮かべ、どこかここでは無い違う場所を映したような目で宙を見据えた。
「―――っあ……いつ、やっぱり戻って来れないなんて言ったのよ。許せないわ!あんな奴から貰ったものなんて、もう持っているだけで不愉快よ!」
「え?じゃあ……」
「あげるわ。せっかく見つけてもらったし、それが代金だと思って。もう売ってしまっても構わないわ。貴方達の好きにして頂戴。」
「いいんですか?」
「ええ!」
それだけ言ってしまうと再び雑踏の中へと消えて行ってしまった女をマルとムーミアは唖然とした様子で見送った。


*****


店への帰り道、ムーミアはブローチを眺めながら嬉しそうにそれを動かしていた。銀でできたブローチは角度が変わるたびに陽の光を反射してキラキラと光る。
「よかったな。」
ムーミアへと目を向けると彼女はピョコピョコと飛び跳ねた。
「せっかく貰ったのに服につけねぇのか?」
数歩先に進んでしまったムーミアに声を掛けると、ムーミアは振り向いてブローチをギュッと両手で握りしめた。
「ダメだよ。落としちゃったら嫌だもん。大事に保管して時々眺めるんだぁ~。」
「―――そっか。」
そうだな。そう言うのも有りかもしれない。とにかく『モノはしかるべき処に収まるもの』なのだ。


「何でもスタンプ?珍しいね、こんなのあったんだ。」
「お、お客さん、御目が高い!それは儂が開発した新しいスタンプなんですよっ。効果は使ってみねぇと分からない!だから、“何でもスタンプ”なんです。」
「へぇ~、面白いね。それじゃあ一つ頂こうかな。」
「毎度あり!」
うきうきとスタンプを片手に帰って行く客を儂は営業用の笑顔で、ムーミアは少し不安げな顔で見送った。

スタンプの効果がどうであったかは、儂等も知らない。
それは、あなたの想像にお任せしよう。
とりあえず、今日も明日も儂等は元気に“落し物屋”を営業中だということだけ伝えておこうか。