序 -Temperantia-

ここではない別の世界。別の大陸。
その大陸の片隅に、かつて一つの街があった。
東西南北に交差する街道の上にあった街は富に恵まれ栄えながら、やがて街の外周に八角形の城壁を築いて国となった。
出来たばかりの玉座に座った男が定めた国の名はテンペランティア。
テンペランティアは都市国家として栄華を極め、王を頂点に貴族や学者たち、商人たちが競って洗練された文化を作りあげた。
永遠に続くと思われる繁栄の時代。だがそれもある時、終わりを告げる。
更なる富を求めて狂った王とその子供たちが何者かによって弑され、国が国ではなくなったのだ。
主人を失った城は見る見るうちに荒れ果てる。
しかし多くの人々は城を除いた外周に残り―――― やがてそこは、あらゆるものが集まりあらゆるものが望める、華々しい混沌の街となった。

そこには滅びた城がある。今は廃園と呼ばれる粛然としたかつての栄光が。
そこには今だ力を失わぬ権門の争いがある。ヴァイシルトとシュヴァルツァの二大貴族は確かな権勢を持って血脈を継いでいく。
そこには活気溢れる旅人の交流がある。変わらぬ交易を担う商人と喜びを与える旅芸人、そして自分の力を試したいと旅する冒険者たちの邂逅が。
そこには穏やかな暮らしを続ける住人の家々がある。異種族と共に暮らし、特異な力を持ちながらも己の世界を守って生きていく。
そこにはあらゆる侵入を拒絶する閉鎖領域がある。謎も過去も全てが封じられ、今は見通せぬ沈黙の中だ。
そして、そこには別の世界への門がある。
「日本」と呼ばれる場所からやって来た人間たちは、この混沌の街に優れた文明を持ち込んだ。

この街は混沌。
権力も暴力も平和も享楽も全てがある。
八角の城砦都市は今やそれぞれの領域に分かれ、それぞれの均衡を保ちながらそれぞれの望みに向って手を伸ばす。
酔うがよい、来訪者よ。
街の名はテンペランティア。
ここは、あらゆる物語の棲まう街なのだ。