君を誘う物語 04

「それじゃあ、早速制服を買いに行こうかしらね?私の好みとしては、ひらひらしてぽよぽよしてる感じが似合うと思うんだけどどう思う?」
「ひらひらはともかくぽよぽよってn「サトーちゃんもそういうのがいい?話が分かるわねー!やっぱり女の子は可愛く着飾るべきだと思うのよ。だから、はい。これ制服ね。店に出るときはコレを来て出て頂戴。」
「ちょっと落ち着いてロr「そうそう、私のお店って、ちょっとゲートから離れてるのよね。まあ、それなりに知名度は高いから、場所はその辺の人に聞いてくれればすぐ分かると思うんだけど、だからはい、コレおまけね。インラインスケート。そっちの世界では、魔法少女がこれ履いて学校までぶいぶい通ってるんでしょ?私としては、このひらひらぽよぽよを来てインラインスケートで出前って姿も似合うと思うのよ。そのうち出張販売も始めようかしら?」
「ロル、私魔法少女じゃなi「はい。じゃあこれ、うちで仕事を始める前の前金ってことで。来るのを楽しみにしてるわ、サトーちゃん!」


 なんてやり取りのうちに熨し付けられた制服という名のメイド服を身にまとって、何故か深海は日本側の街中をローラーブレードだかローラースケートだかインラインスケートだかを履いたまま、途方に暮れていた。
 結局、深海が何だか色々諦めたが最後、ロルベールは勢いに任せてバイトの話を押し切ってしまったのだが、その勢いたるやすさまじく、深海に一切口を挟ませなかったのだ。
 かくして、勢いに任せて制服という名のひらひらぽよぽよしたスカートとブラウス、エプロンやカチューシャが入った袋と何時の間に揃えたのか全く持って分からないうちに用意されていたインラインスケートまで渡された深海は、もう『人生諦めが肝心』とか『毒食らわば皿まで』なんて言葉で表せる段階を通り過ぎてしまったことを理解した。
 まあ、別にバイト先を探していたことも事実だし、成り行きはかなり怪しいものではあったけれど、ロルベール自身は別に悪い人では無さそうなので、働くのに依存は無いのだが、ここまで勢いに流されてしまうと逆にどうしたものかと困惑してしまう。
 ロルベールはどうやら深海がゲートの向こうに帰ったらソレっきり、此方には来ないかもしれない可能性を、結構な高確率で考えていたのかも知れない。
 勿論、深海は口約束であっても八割方押し流されたとしても何だかよくわからないうちに魔女っ子風メイドに仕立て上げられたとしても、とりあえずはロルベールの店で働くことに異義は無かったのだ。
 だからこの場合は、ロルベールに何か文句を言われたら、不可抗力であると主張しよう、と。
 深海はひっそりと拳を握った。
 翌日、土曜日。
早速ロルベールの店に行こうとした深海は、出勤以前に重大問題に直面したのである。


「――わたし、バック転なんて出来ない…」


 ぐしゃり、と。
深海はブロック塀と電柱の隙間を前に崩れ落ちた。
 そう、彼女がテンペランティアに行ったときには、謎の誘拐犯に担がれたままバック転でこの塀と電柱の間を潜り抜けたのだ。
 普通に通っても飛び跳ねながら通ってもどうやってもテンペランティアに行けないとなると、どうやらバック転は此処から向こうへ行くための必須条件であるらしい。


「一生かかっても無理!それともバック転もコヨウケイヤクのうちなの?!」


 商店街の一角で夕日に向かって叫ぶメイド服の少女の背中は中々に切ない。
周囲の人々の中には訝しげに首を傾げるものもいたが、深海はそんなものは全く
意識に無いらしく、さてどうしたものかと打ちひしがれたまま首をひねった。
 とりあえずまずは立ち上がらなくてはいけないだろう。
何しろこのメイド服は借り物だ、汚してはマズい。
ロルベールは支給品と言っていたが、こんなものは普段着ではとてもとても着れない、と。
 現在進行形でメイド服を着ている深海は真剣にそう考えていた。
どうやら彼女の意識の中に、『バイトへ行くまでの道のり』は普段着の対象にはなっていないらしい。
もともと深海はそんなに服やなんやにこだわる方ではないのだ。
ジャージがあればジャージを着るし、それはきっとスウェットでも着ぐるみでも同じことだろう。


「つーか、本当にどうしたらいいの?」


しかも目下の問題は着ている物よりも眼の前の塀と電柱だ。
こやつらをどうにかしなくてはテンペランティアには行けない。
テンペランティアに行けなければロルベールの店にも行けず、バイトも出来ない。
バイトが出来なければ当然対価であるバイト代もでないのだ。


「――それはちょっと困る。」 「何を困ってるの?」


チーン、と。
何やら思考の方向性が定まったところで深海が呟くと、不意に背後から声が掛かった。
一瞬だけ肩を跳ねさせた深海がそのまま肩越しに視線をやると、そこにはクリーム色のスーツを着た女性が酷く困惑したように深海を見つめていた。


「あなた…」


二十代後半程に見えるその女性は、まず深海の顔を見てそう呟いた後、次に深海の格好を改めて見て、どうやら続く言葉を選びそこねたらしい。
深海は深海で、どうしたものかと少し迷ったようだったが、自分一人ではどうにも出来ない事態に考えても無駄だと悟り、率直に直面した問題を述べた。


「今すぐバック転が出来るようになる方法って知ってますか?」


知るわけがない。
が、女性は勿論それを声に出して答えたりはしなかった。
何の仮装大会かと問い掛けたくなるような困惑から、さらに困ったように笑って、一応オブラートに包んで答えた。


「それは…少し難しいんじゃないかしら?危ないし、練習しないと。」
「でも、どうしてもバック転しないとバイトに行けないんです。」


しゅんとして肩を落とす深海に、女性は僅かに表情を強張らせた。
若い…というか、若すぎる少女にメイド服でバイトと言われても、余りいいイメージではなかったのだろう。
しかしその懸念は、続いて漏らした深海の言葉によって吹き飛ばされてしまった。


「テンペランティアのばーか…」


世界の名称に対して馬鹿もなにもないのだが、深海としてはそれくらい言ってなければやっていられなかったのだろう。
だが女性は、そのキーワードを聞き逃さなかった。


「テンペランティアに行きたいの?」


驚いたように飛び出た言葉だったが、それを聞いた深海も勿論眼が零れるくらい大きく見開いて驚きを見せた。


「お姉さん、テンペランティア知ってるの?」
「知ってるっていうか…ちょっと行ったことがあって。」
「あそこって、変な人ばっかりだよね?」


専門街でもないごく一般的な商店街でメイド服にインラインスケートでうちひしがれていた深海に真面目腐って言われて、女性は思わず苦笑をみせた。
否定はしないが、この少女だけには言われたくないだろう。


「それで、あなたはその変な人ばっかりのテンペランティアに、メイド服でどんなバイトをしに行くのかしら?」


にっこりと笑ってみる。
その笑みが、少しロルベールに似ているな、と深海が思ったのは、恐らくその笑みに強制力のようなものを感じたからだろう。


「かくしかじかわっしょい!ってことで、テンペランティアの人に助けて貰って、そのお礼に?その人のお店?で、店番?することになったの。メイド服はその人の趣味?かな?」


こうして言葉にしてみると、どうやら深海自身もバイトについて知っていることが意外に少ない。
聞かなきゃなぁ、と、ぼんやり思いながらも女性をみれば、彼女は小さくひくつくこめかみを指で押さえていた。


「大丈夫?」
「――大丈夫よ。」


何だか危なっかしい少女に、どうしたものかと思ったのだろう。
しかし、少なからずテンペランティアを知っている女性は、早々に諦めた。
少女いわく『変な人ばっかり』な世界だ。
前後の事情があるにしろ、好んでそこに行くのだから、このめの前の少女もある意味では『変』な部類に入るのだろう。
ならば他人がいちいち口を挟んだところで、結局は飛び出してしまうものだ。


「わかったわ。いらっしゃい。」
「はぇ?」
「いいから。こっちよ。」


自己完結で思うところを収めた女性は、彼女の思考についていけていない深海の手を掴むとリズムよくヒールを鳴らしながらバック転電柱を背に歩き出した。
颯爽と歩くキャリアウーマンな女性にひっぱられたメイドは、またまた商店街の中でいくつかの視線を集めたが、二人は全く気にしなかった。


「佐藤さん。」
「はい。」


女性は歩ききながらも深海に声をかける。
反射的に返事をした深海は、何故名乗ってもいないのに相手が自分の名前を知っているのかにも気付かなかった。
女性はふと一本の電柱と郵便ポストが並んだブロック塀の前で立ち止まると、くるりと振り返って今更ながらメイド服に着られている印象を拭えない深海を見下ろした。


「週末だからって無断外泊はダメよ?お家の人が心配するからね。18歳未満は10時前には帰りなさい。」
「はぁい。」
「それとこれ。もし向こうで不慮の事態とか、困ったことになったらここに行きなさい。」


何やら口うるさい保護者のようなことを言い出したかと思うと、女性は立て続けに手帳を取出し、さらりと何かを書くとちぎって深海に渡した。


「通り過がりの親切なお姉さん、コレ何?」
『通り過がりの親切なお姉さん』と称された女性は、少しだけ傷付いたような表情をみせたが、すぐに気を取り直して答えた。
「向こうにおける、コチラの人間の一時保護所というところかしら。」


本人は意識はしてないんでしょうけど、と。
女性は何だか曖昧に言う。
しかし深海は深海で「ふぅん。イチジホゴショかぁ…」と、分かっているようないないような雰囲気だ。
一抹の不安を残してはいたが、しかし女性はは深海がメモをメイド服のポケットにしまうのを見て、ようやく笑った。


「じゃ、いってらっしゃい」


ぽんっと、背中を押されて、深海は電柱と郵便ポストの前に突き出される。
いってらっしゃいと言われても、どうしろと言うんだ、と。
何か言いたげな表情で深海が視線を向ける。


「ここはね、バック転を必要としないルートなの。」
「本当に?どうすればいいの?」


深海の言いたいことを察して先に応えてやれば、少女は眼を輝かせて喜んだ。
どうすれば、と、更に問われた女性は、普通にその方法を答えようとして、やめた。
急にきゅらきゅらし始めた深海の眼に、何だか酷く悪戯心が擽られたのだ。


「両手を組んで真っ直ぐ頭の上に伸ばした状態で、くるくる廻りながら通り抜けるの。」


さて、こんな馬鹿げたことを言って、どんな反応をするのだろう。
女性はそう思ったが、深海はやっぱり深海だった。
普通なら「そんなことするんですか?!」と問い返して来るだろう場面であるが、深海は小さく首を傾げただけで聞き返したのだ。


「それって、インラインスケートを履いたままでもいいのかな?」
「……回れるなら何でもいいんじゃないかしら?」
「わかった!」


どうやらこの少女は、自分が言った行動を奇行とは思わないらしい。
何となく肩透かしを食らった女性は、いざ出陣!とばかりに、無駄に美しく両手を天に伸ばした深海に、少しばかり再戦を挑んでみた。


「あとね、魔法の合言葉を叫ぶの。」
「合言葉?」


今まさにインラインスケートでくるくる回り出そうとしていた深海は、ふと足を止めて女性を振り返る。


「それってどんなの?」
「決まってないのよ。その人の心の中にだけあるの。だから、佐藤さんがテンペランティアのことを考えたときに思い浮かんだ言葉を叫べはいいの。」


厳かにそう告げて、女性はちらりと深海を見遣る。
両手を天に突き上げて考え込んでいたメイドは、しばらくそのまま考えていたが、直ぐににっこりと笑って応えた。


「わかった!通り過がりの親切なお姉さん、色々ありがとうございました!」


不意に動き出した深海は、律義に頭を下げると、まるでフィギュアスケートのスピンのようにくるくると勢いよく回転しながら例の隙間に向かった。


「めぐめぐナツメグバラライカ!」


と、叫びながら。
電柱と郵便ポストの向こう側へと消えていった背をこちら側から見送っていた女性は、やっぱりいくつか商店街の中から送られる視線を感じながらも、ひっそりと敗北感を覚えながら呟いていた。


「何の疑問も抵抗も無く全部実行するなんて、今時素直な子なのねぇ…。」