君を誘う物語 05

 そんなこんなでテンペランティアにはようやくやってこられた深海であったが、くるくると華麗にインラインスケートでスピンをしながら謎の呪文を叫びつつ(ゲート)から飛び出してきた無駄にフリルの多いエプロンとスカートの少女を見て、いわゆる「此方側」の人々がうっかり奇妙な顔になったのは無理も無かっただろう。
 勿論、等の本人が全く周囲の目を気にしていないのも、無理もないといえば無理も無い。
何しろ深海は、何処か感覚がずれているのだから。
 せいぜい彼女が心配したことといえば、遠心力によってぶんぶん回ってしまった鞄が止まったときに自分の身体にも勢い良くぶつかりすぎて悶絶しそうになったことくらいだ。
 しばらくひっそり蹲りながら地味な痛覚をやり過ごし、深海は気を取り直したように立ち上がると、まずは周囲を見回してみた。
 それは、先日謎の誘拐犯に連れてこられた場所となんら変わらない場所だ。
なる程、通る(ルート)は違っても、基本的にテンペランティアは同じ場所にたどり着くらしい。
ならば帰るときも此処から帰れば、きっと同じ入り口にたどり着けるだろう。
 それだけ確認してから、深海は適当に中身がぽよぽよしたスカートを叩き、スクールバッグを持ち上げた。
そしてロルベールの店に向かおうと、意気揚々とインラインスケートを一歩滑らせたところで、再び立ち止まる。


「そういえばロルのお店って何処にあるの?」


 ポツリ、と、深海は首をかしげて呟く。
そういえばロルベールは深海をスカウトすることに必死だったし、深海は深海で帰ることに必死だったから、店についてはお互いろくに説明もしなかったし、聞きもしなかった。
 一応雇用契約がなされたというのに、呆れたことではあるが、所詮高校生で気楽なアルバイトの身である深海はそこまで深くは考えていなかったのだ。
 どさりと鞄をもう一度地面に置いて、しゃがみこんでその中を漁ってみたけれど、当然ながら場所をメモした紙が出てくるわけも無い。
そもそも書いた覚えさえないのだから、全く無意味な行動である。
続いて深海は鞄の底から携帯電話を取り出してみたが、かぱんと開いたところで「あ」とマヌケな声を上げた。
 勿論、ロルベールの店の番号なんて登録してもいないし、そもそもロルベール自身の連絡先も聞いていない。
 これも無意味な動作その2でしかなかった。
 しゃがみこんだ深海は、小さくため息をつくと、再び立ち上がってぽよんぽよんしているスカートの形を適当に整えた。


「ま、いいか。ロルは確かみんな知ってるみたいなこと言ってたし、適当に聞いてみよっと。」


 妙なところで有言実行な深海は、ぽつりと呟いた言葉通りに、くるりと一周周囲を見回すと、その中で一番目を引く容姿を持っていた人に声をかけてみた。


「ちょっとそこ行く金髪碧眼のおにーさん!」


 大音声、とまではいかないものの、やや高めの深海の声は通りに良く響いた。
彼女の言う『金髪碧眼のおにーさん』と深海自身の間に、20メートルという距離を挟んでいれば、それは必然というほうが正しいだろうけれども。
人ごみというほどの人通りは無いが、道行く人々が思わず眼を向ける程度には目立っている。
 テンペランティアに『メイド』がどの程度浸透しているかはこの際別問題としても、深海の格好が眼を引くものであることは確かであるし、その『金髪碧眼のおにーさん』が20メートルも離れていればなお更のことだろう。
 普通はこういう声のかけ方はしない。
現に20メートル先にいる『金髪碧眼のおにーさん』は、一瞬だけ足を止めて視線を上げたものの、聞こえなかった振りを決め込んで深海をスルーしようとした。
 さくさく踵を返して全然関係ない方向へと歩き出したおにーさんが、その際一瞬だけ見せた表情が非常に嫌そうなものであったのは無理も無いだろう。
だから深海も「違う!おにーさんで間違ってないからね!!」と付け加えながら慌ててインラインスケートを走らせた。
 『金髪碧眼のおにーさん』はくるりと踵を返すとさっさとその場から離れようと、速度を弱める様子は無い。
いかな足の長さに差がある二人でも、インラインスケートのほうが有利には違いない。
 しゃーしゃーしゃー、どーん、と。
インラインスケートの軽やかな音に続き、深海はそのままおにーさんに体当たりをした。
諸に背骨の真ん中辺りに不意打ちを食らった彼は、少しの間悶絶しながらそのまま馬乗りに自分の体に乗っかった深海の下でうごうごとしていたが、何とか体勢を変えて仰向けになると、ちゃっかり腹の上に乗っかったままの深海が口を開く前に自ら問いかけてきた。


「おじょーちゃん。そんな熱烈に押し倒してくれてなんですけど、俺今すっからかんだから。」
「??大丈夫、私もお財布はすっからかんだから、気にしないで!」


 嫌味満々で言ったはずの言葉は、さらりと受け流された上に何だかちょっと腹の立つ慰めまで頂いてしまった。
 何だかなぁ、と思いながらも、おにーさんはため息一つで気持ちを切り替えて、深海のウエストに両手を伸ばす。
 擽られると弱い深海は、反射的に軸をずらして逃げようとしたが、ふんだんにフリルを使ったメイド服越しではそれほど擽ったくもなかったので、すぐにまたそれを戻した。
それを面白げに見上げて、金髪のおにーさんは、もに、と深海の贅肉を掴んでみた。
急に押し倒されたんだからコレくらい当然の仕返しだろ、とは、おにーさんの言い分なのだろう。
「うぎゃっ!」っと、一度油断押した深海は踏んづけられた猫のような声を出し、びくっと体を跳ねさせた。
 が、金髪のおにーさんは失念していた。
深海が未だ自分の腹の上に跨った状態にあるということを。
したがって、跳ねた直後の一瞬、腹部をもろに圧迫されて新たな不意打ちを食らったわけであるが、それは自業自得とも言えるところだろう。
 金髪のおにーさんは深海の腰を掴んだまま、またひっそりと苦痛をやり過ごしていたが、とりあえずそれが通り過ぎるとまた、不審げに深海を見上げて呟いた。


「眼、いいのか?」
「眼?フツーだと思うけど…??何で???」
「あの距離でよく人の目の色なんて分かったな。」
「ああっ!!」


 相手の当為の意味がよく分からないまま答えれば、おにーさんはどこか呆れたように最初に深海が叫んだ場所に視線を向ける。
それで意味を悟った深海は、ぽむっと右手をの拳を左手の手の平に叩くと、お兄さんの胸元に両手をつき、ぐっと顔を近づけて笑った。


「別に見えたわけじゃないけど、金髪なら碧眼かなって。当たってたね!」
「――そーかい。で?おじょーちゃんは何?新手のナンパ?」


 にっこりと、金髪碧眼のおにーさんは営業用のスマイルを浮かべて、それはもう見事なくらいに棒読みで応えた。
 まあ俺、ロリコンじゃないから迫られても困るけどねー、と。
やはり棒読みで続けたが、その手は発言とはまるで正反対に深海のひらひらしたエプロンやら何やらをめくってみたりしている。
 フツーに考えればフツーにセクハラな場面だが、深海は何枚も重ねてあるうちの一枚や二枚をめくられたところで、大して気にもかけていなかった。


「ちょっと聞きたいことがあって。おにーさん、『ロルベールのお店』って知ってる?」
「ロルベールの店?って、何の店?」
「さあ?」


 困ったように首をかしげて、大真面目にふざけた答えを返せば、おにーさんはちょっと顔にかかった金髪を無造作に掻き揚げた。
 深海が思ったように動じないので、詰まらなかったのかもしれない。
 きらきらして綺麗だな、と。
深海はちょっとだけ見とれかけたが、これをそこで口にしてしまったら、今度は完全にナンパ女にされてしまうな、ということは自覚していたから、それはひっそりと胸のうちに押し込めることにしておく。
 どうやら深海が道を尋ねたかっただけだということを、短い会話のうちに察してくれたらしいおにーさんは、少し考えるように口元に手を当ててから答える。


「悪いけど、俺こっち初心者だから分かんねぇわ。クーナ・パラディーゾにはそんな店無かったしな。」
「ふぅん。そっかぁ…」


 深海には『クーナ・パラディーゾ』が何なのかも良く分からなかったが、とりあえず納得しておくことにした。
が、『ありがとうございました』と次の人へ問いかける前に、ふとあることに気付いてもう一度金髪碧眼のおにーさんを見下ろす。


「ところで初心者ってことは、おにーさんはあっちの人?」


 んー、それともこっちの人かな?金髪だし?と。
 あっちもこっちも無いのだが、どうも深海の要点を得難い言葉を、相手は全部聞く前にちゃんと理解してくれたらしい。
 少し伺うように深海を見てから彼は面白そうに笑って、深海の腰に伸ばしていた腕のうち、右の一本の軌道をずらすと、深海の顔の方に伸ばした。
 覗きこむように傾いていた顔にを掠めてから、真横にぴょこんと飛び出すように括っていた一房を掴んでとりあえず引っ張ってみる。
 深海は例によって例の如く、「にぎゃっ!」っと踏み潰されたような猫のような声を上げた。
おにーさんの手はすぐに離れていったが、深海はじんじんする毛根を押さえながら、突然の暴挙に滲んだ涙を眼の端に浮かべつつ、疑問符を頭上に林立させて見た目だけはきらきらしているおにーさんを見下ろす。


「おうよ。テンペランティアは今回が初。おじょーちゃんもあっちか?」
「おうともよ。今回で2回目。おにーさんより1回分先輩です!」


 何を張り合う意味があるのかは良く分からないが、ぽよぽよとスカートを揺らしてブイサインで答える深海に、おにーさんは面白そうに見上げる。
 見下ろす、見上げる。見上げて、見下ろしてみる。
多分、普通に立ったら逆転するだろうな、と、深海は呑気に思っていた。
大して彼は、深海の屈託の無さに「若いねぇ」と呆れ顔で呟いたようであるが、深海としては自分がそこまで年が離れているとは思わない。
 というのも、彼女は自分が年齢より幼く見えることを自覚しているからだろう。


「で、1回分先輩のおじょーちゃんは、何故にメイド服を着て路上で人を押し倒してんの?」
「え、だから、ロルのお店を探してたんだよ。今日から私、ロルのメイドさん。」


 何だか随分語弊のある返答だ。


「『ロルの店』って、コスプレ喫茶か何か?」
「うーん…ロルは単純に魔女っ娘が好きなんだと思うけど。」


 うっかり呟いたおにーさんの言葉など、最初から全く聞きもせずに、深海は大真面目に答えながら、「ほら」と足元のインラインスケートを振り上げる。
 ひらひらのおかげなのか、ぽよぽよのせいなのか、ごく一般的な男性であれば自然と期待するような光景は残念ながら見えず、変わりにぶんっと下りてきたインラインスケートの一番後ろのローラーは、ドスっというなんとも不吉な音を立てて顔のすぐ脇を掠めた。
 危ういところで金髪が紅く染まるのを免れたおにーさんは、変わりにちょっとだけ顔を青くして魔女っ娘のウエストから手を離したが、当の本人は呑気に「これで魔法ステッキと魔法カードとぬいぐるみがあれば完璧だよね」などと笑っている。
悪意無いにも関わらず、生死の危機がありそうなほどの強烈な不意打ちを免れたおにーさんは、降参の意を示すように両手を顔の両脇まで上げた。
 が、深海としてはその際に見えた手首のブレスレットにちょっとだけ目を奪われただけで、そのおにーさんの真の意図など微塵も気付かずに笑っている。


「おにーさん。ありがとう。ご協力感謝!」


 何にも情報にならなかったけどね!と。
人によっては殺意を抱きそうなことをさくさく言うくせに、それを無駄に愛想のいい笑顔だけでカバーしている深海に、彼は妙なところで感心したが、非常にマイペースな深海はそんな相手の様子などほとんど無視してくるりと背を向けようとし、それから何か思い出したようにもう一度おにーさんに笑いかけた。


「ところで親切なおにーさんのお名前は?」


 よっこらせ、と。
まるで何処かのおじいちゃんかおばあちゃんのような声を上げながら、ようやく深海はおにーさんの上から立ち退くと、その手をふいっとおにーさんの方に差し出しながら問いかけた。
 女の子の癖に何処と無くジェントルマンなのか、おにーさんは素直に深海の好意を受けたが、むろん素直に自分の体重をかけたりはしない。
 体格の差は歴然であるし、そんなことをしてしまえばまた路上で押し倒し押し倒されを繰り返す羽目になるだろう。
 深海より遥かにジェントルマンらしいおにーさんは、適度に深海の手を掴みながら立ち上がると、見下ろされてばかりだった少女をようやく日常に視界から見下ろした。


「なんだよ、ナンパ再開か?」
「いやいや、どうせだから初心者同士名前でも聞いておいた方がいいかなって思って。何時まで覚えてられるかわかんないけど。てか、もう会わない可能性とか普通に高そうだけど。でももしかしたら何処かでまた会うかもしれないし?」
「――うん。おじょーちゃん、お前さ、多分他意はないんだろうけど素直すぎるものどうかと思うよ。」
「えー?言いたくないなら、別に聞かなくてもいいけど…。ちなみに私は佐藤(サトウ) 深海(ミウミ) 。」


 深海魚の『深』と海月(くらげ)の『海』でミウミ、と。
何だか微妙な例えで自己紹介をした深海に、綺麗な金髪のおにーさんは0.7秒考えてから不審げに深海を見下ろす。


「何でわざわざ深海魚と海月に分けるんだよ。「深海魚の『深海(ミウミ)』」って言やぁ一言で済むじゃねえか。つーか、『海月』って言って咄嗟に漢字が分かるやつなんて早々いねぇよ。」
「えー?おにーさんは分かったのに?じゃあ、次から深海魚の『深』と海星(ひとで)の『海』って言うことにする。」
「変わんねぇっつーの。」


 奇妙なところにこだわりがあるらしい深海に、おにーさんはちょっと諦めたようだ。
 ハーフとはいえ、この容姿ではあまり素行の良くない部類の人間に思われがちだが、彼はその例に反して以外に礼儀正しい。
 名乗られた以上は名乗り返さないといけないような気がして、おにーさんは「それに私深海魚じゃないし!」と抗議してくる深海の頭にぽむっと手を乗せると、猫の子供でも撫でるような手つきでその頭を撫でた。
 それなりに自分の容姿が女性の目を引くものだと自覚している彼は、そうすれば女性に分類される人間が大抵は頬を染めることを知っていたから、上手いこと損ねた機嫌を宥めようとしたのだが、深海は相手の意図が掴めずにちょっと訝しげな表情で自分を見上げてくる。
 それが気に入らないのか、気に入ったのか、よく判断できなかったが、金髪碧眼のおにーさんはそれを見て、あながち作り物ではない笑みでその碧い眼を細めて答えた。


「――水稚(ミズチ)  ・ R (ラファエル) ・ (ジン) 。」


 いつも『 R(アール) 』と名乗るはずの名前まできちんと名乗ったことに、どのような心理が働いたのかは水稚自身も分からなかったが果たして深海が返した反応といえば。


「どれが名前?っていうか、変な名前だね。」


 素晴らしいくらいに晴れやかで小憎たらしい無邪気な笑顔に、今度はさすがに呆れよりも殺意が滲んで。
水稚は深海の一房だけ結われた髪の毛を無造作に引っ張って応えた。


「深海魚だけには言われたくねぇ。」