君を誘う物語 07

 メロンコーラによって瀕死の重傷を負ったマルは、とりあえずムーミアが引っさげてクーナ・ティエンダへと帰って行った。
 ぐったりとしているマルの腕を肩にかけるようにして、それでも深海にぶんぶんと手を振っていたムーミアは、意外に力が強いのかも知れない。
 深海も二人の姿が見えなくなるまでぶんぶんと手を振っていたが、その姿がなくなると、不意にマルが噴出したメロンコーラで汚れたメイド服を脱ぎだしたのだ。


「まあ、メロンの匂いをさせてコーラ色の服を着ているわけにもいかないしねぇ…。」


 と、いうことで、深海はただ単に汚れた服を着替えようとしただけなのだが、如何せん此処は往来である。
深海としては、しっかり見えても困らないようなインナーを着ているし、インナーを着ていなくても普段から男女ごった煮の教室で制服から体操着に着替えたりもしているから、見えないように着替えるのはお手の物、というわけなのだろう。
 しかし此処は、腐っても往来の片隅である。
いきなり少女が服を脱ぎ始めれば、驚いて声を上げる者もいる。
声が上がれば人目を集めるし、人目が集まれば、まあ『何の騒ぎだ』となるわけである。
 そして騒ぎが起これば自警団が駆けつけるのは自明の理ともいえるのだろうが、そこでショッキングピンクの頭をした青年が駆けつけてきても、よもやそれが日本の警察に当たる此方の世界の自警団員だとは微塵も思わなかったのだ。


「君!此処はクーナ・パラディーゾじゃないんだけど!」
「くーなぱらでぃーぞ?」


 そういえば、さっきの金髪の水稚のおにーさんもそんな呪文を言っていたな、と。
深海はちょっとだけ首をかしげて、着替えている手を止めた。
どうやら道端で着替えていることを咎められているらしい、と。
さすがにそれくらいは察した深海は、だからと言って着替える手を止めたりはしなかった。
 メロンソーダとコーラの素敵コラボレーションの香りをいつまでも纏っているのもイヤであったし、それよりも濡れた服は身体に張り付いて気持ち悪い。
 全身びしょ濡れの水浸しであるならまだ我慢のしようもあるが、部分的で、しかもそれがメロン・コーラであるがゆえに我慢する気にも慣れなかったのである。
 そんなわけで、深海は見上げるほど背の高いピンクいお兄さんが仁王立ちで自分の前に立っても、ビビって手を止めるどころか盛大にフリルとレースとメロン・コーラにまみれた黒いスカートを蹴り飛ばして着替えを続けたのである。
 無論、抜かりない少女は下に高校指定のクォーターパンツを穿いていたから、何を期待したか良く分らない周囲の歓声が落胆の声に変わったところで、BGMなど気にもかけなかったし、蹴り上げたスカートも器用に手の中に落として、畳むと丸めるの中間くらいの適当さを持って小さくした。
 災難だったのは、ショッキングピンクの髪よりも顔を瞬間的に染めた自警団のお兄さんである。


「そんなに真っ赤にならなくても、ピンクいお兄さん、ちゃんと下も着てるから、ワイセツブツチンレツザイにはならないよ。」
「だー!!そういう問題じゃないから!下着てるとかそういう次元じゃなくて、君は女の子でしょう!」
「女の子ですよ?もしかして男の子に見えた?」


 だとしたらお兄さん、目がフシアナだよ?と、そして深海はぴらんと無造作にフリルとレースにまみれたブラウスの裾をまくる。
が、ピンクいお兄さんはがっとそれを降ろした。
 ショッキングピンクの頭に引けを取らないほど、顔を真っ赤にして。


「女の子なら捲くらない!」
「男の子ならいいの?」
「だから!そうじゃなくて!何だこの会話の噛み合わなさは!某カフェの店主の姪を彷彿させるこの噛み合わなさは!!」


 お兄さんはピンクの頭を抱えて苦悩する。
いつの間にか、ギャラリーも絶対に見えないストリップから会話の噛み合わない漫才に変化したやり取りに飽きたのか、すたすたとピンクの自警団員とメロン・コーラ風味のなんちゃってメイドを置き去りにそれぞれ歩き始めている。
 まったく持って人の目を気にしない深海は、通り過ぎていく人々も隣で頭を抱えて苦悩しているお兄さんも軽くスルーしたままさくさくっと着替えてしまった。


「せっかくロルがくれたのに、メイドはメロンになっちまったぜぃ。」


 これはやっぱりフツーの制服でいいじゃんってことだよね!と。
のん気ながらも脈絡が掴めない言葉に、お兄さんは抱えた頭を少しだけ上げて深海を見る。
 そして、酷く見覚えのある服に着替えた深海に、今度は地面にのめり込みたくなった。
ベージュのジャケットに白いハイネックと濃紺の細いリボン、膝の少し上くらいでひらひらしているスカートにはプリーツが入っており、その下からは同じ色のクォーターパンツが一部見えている。
 細々としたところに違いが見られているが、ベースは見慣れたものであり、彼はそれがゲートの向こう側の『制服』というものであることを知っていたから。


「あいつと同じ人種かよ!どうりで!!」
「あいつー?」


 何で俺声なんかかけちゃったんだ!と。
本人を前にして憚ることなく叫ぶ辺り失礼極まりない行為ではあったが、その程度を気にするような性格ならば、深海だって往来で生着替えなどしないだろう。


「ところでピンクいお兄さんはどういう人なの?ていうか、何ていうの?」
「俺の苦悩はスルー?!ピンクくて悪かったな!!」
「私はねー、深海っていうの。佐藤深海。深海魚の最後の一文字を取った系?」
「言葉のキャッチボールが成り立ってない!凄い覚えのある感覚!ていうか、深海魚って何だ深海魚って。しかも疑問系!」
「だってクラゲもヒトデもマイナーだって言われたんだもん。酷いよね?深海魚だってメジャーじゃないのに何この差別!」
「俺が知るかよ!!」
「何だ残念。知ってたらストーカー認定してあげたのに。」
「ヤメテ!自警団がストーカーとか不名誉な冤罪はヤメテ!!」
「うん。ところで結局お兄さんはなんていうの?名前教えてくれないならピンクちゃんって呼んじゃうよ?『ミトメタクナーイ』とか言ってくれる?ピッキングは得意?」


 あああああああああ、と。
泣き出しそうなお兄さんを適当になだめつつ、深海はよいしょと声をかけて適当に地面に座り込み、脱ぎ散らかしたメイド服を適当に畳みつつ、地面に広げていた荷物を再びスクールバッグに戻している。
 途中で手を止めて、はいっと一口チョコレートを取り出してお兄さんの口に放り込めば、「ぐふっ!」と奇妙にくぐもった声を出しながらも、黙らずを得なくなったらしい。
 もぐもぐごっくんと模範的な良い子のおやつ時間を終えてから、ピンクの髪も鮮やかなお兄さんはようやく言葉のキャッチボールを再チャレンジを試みた。


「ピンクちゃんはやめろ。俺は自警団員のトールス・ライズだ。」
「トールス・ライズ?なんか高級感溢れる響きだね。ロールスロイスみたい。」


 トールスはこちらの人間なので、当然『ロールスロイス』なんてモノは理解できなかった。
 しかし、続けて「でも私、ピンクのロールスロイスなんて見たこと無いなぁ。ピンクじゃないロールスロイスもみたことないけど。」とのんびり続ける深海に、早々に対等な存在として意思の疎通を図る努力を放棄することに決めたらしい。
 『高級感溢れる…』なんていわれれば、普通は悪い気はしないはずだろうに、何故かどんどん脱力していく気がしてならない。
トールスがボールを投げてみても、とにかく深海はいつキャッチしたかも分らない上に、素直に真っ直ぐ投げる気が無いらしいというか、途中で野球ボールをボーリングのボールに変えた上で投げ返してくるというか、疲労感ばかりが募っていくのだ。
トールスは色々諦めて、だけどやっぱり性格と職務上、放置することも出来ずに、地道に職務質問を続けた。
 時間と労力の無駄になりそうなスメルには気付かないフリである。
見ざる聞かざる言わざるである。


「で、こんなところで何してるんだ?っていうか何で生着替えなんだ女子高生?」
「うーんとねぇ…、かくかくしかじかでお店を探してるの。」
「あのさ、もう少し意思の疎通を図る努力をしてみませんか?」
「えーと。じゃあね、ジケイダンインって何?」
「――お前ある意味サリよりマイペースだな。」
「サリ?」


 俺は努力が正しく報われないタイプなのだろうか、と。
若すぎる身空で世を儚んでしまったのも、無理は無い。
が、そんなトールスの心情など微塵も気付いていない深海は、やっぱりクーナ・パラディーゾだのスタンプだの、こちらに来てからいまいち意味の通じない単語に疑問符を浮かべている。
 しかし、基本的に深く考えない深海は、このときも何を意味するか分らない単語に少しだけ首をかしげたものの、それ以上は何も言わなかった。
というか、トールスが言わせなかった。


「つまり、迷子なんだな?」
「迷子?」
「迷子。道に迷った子供。または連れとはぐれた子供。」
「うーん…ちょっと違うと思う。」
「何が違うんだ?」
「別に道に迷ってないし、連れもいないよ。」
「じゃあもう本当マジで何してたんだよ。」
「ロール君いわく、生着替え?楽しかった?お金取れるかな?」
「誰だロール君って!俺はトールスだっつーの!しかも金取るつもりだったのお前?!」
「ロールスロイスっぽいからロール君かなっておもったけど、ロルと被るからロール君はやっぱりちょっとイタダケナイかもね。しょうがないからトール君でいいやもう。ていうか冗談だよ。トール君は真面目なんだね。」
「いいやもうって何!?お前喧嘩売ってんの?!」
「現金で買ってくれるなら売ってもいいよ。プライスレスで用意できるから言い値でいいや。」
「結局金を要求するのかジョシコーセー!!」


 悪意の無い悪意って存在するんだな、と。
ついにトールスはがっくりと道路に膝をつき、崩れ落ちた。
 深海は何だか酷く楽しそうに笑いながら「どーしたのー?だいじょうぶー?」とか間の抜けた声で気遣ってくるが、はっきり言ってちっとも嬉しくない。
 というか、諸悪の根源が言うな、と。
トールスははらりと心の涙が伝うのを自覚した。
 何しろ深海は問いかけるだけ問いかけると、相手の返事を待たずにそこら辺に出した鞄の中身を、再び片付け始めたからだ。
多分、深海は相手を心配しなかったわけではないだろうが、その様子を見て早々に放置OKという状態だと判断したのだろう。
確かにそれは間違ってはいないのだが、トールスにしてみれば気遣うくらいなら最初からほんのちょこっとだけでも努力と誠意を見せて、せめて意思の疎通を図るための気遣いをしてくれればいいのに、と思うのが偽らざる本音である。
 しかし、トールスの心労は、それだけには留まらなかった。
「今日が厄日だと分っていれば、俺は一日家か本部に詰めてた!」というのは、不運と不幸と間の悪さを足して3で割ったような一日を過ごした後で、トールスがもらしたコトバである。


「あれ?トール君?」


 嫌な予感ほど良く当たる、と、言ったのは、一体何処の誰だったか。
とてもとても耳慣れた声に聴覚を叩かれて、トールスは抱えた頭を更に抱えたい気持ちになってきた。
 というか、すでに頭を抱えてぐしゃりと崩れ落ちているが、これはもう気分の問題である。
一向に浮上フラグがたたない自分のほうに向かっててくてくと近づいてくる足音をどこか遠くで聞きつつ、視界の端で止まったそれに僅かに視線を向ければ。
ベージュのジャケットに白いブラウスと濃紺のネクタイ、膝の少し上くらいのボックススカートに同じ色のハイソックスとローファーで装備しているジョシコーセーの姿が其処に在った。
 スクールバッグのほかになにやらもう一つ袋を抱えたその向こうから、ひらひらと三つ編みを揺らして自分を見下ろしている眼と視線がかち合う。


「サリ…やっぱりお前か……」
「やっぱりトール君じゃん。こんなところでどうしたの?灼熱のアスファルトの上で踊り疲れたミミズごっこ?」


 視線だけ上げたトールスは、何処からどう見ればこの状況がミミズになるのか激しく問いただしたい気分であったが、この数分で意思の疎通がまったくはかれない相手に対する気力と体力の消耗具合を考えると、問いただしたいというよりはもういっそいろいろ放置してなかったことにして本部に帰りたい衝動に駆られた。
 どうして自分の巡回時間にはこんなことばかり起きるんだ、と声に出して言えば、おそらく目の前の同じ服を着た少女たちは声をそろえて答えるに違いない。
「だって、ちょうど学校が終わってこっちに来る時間帯なんだもん。」と。


「それで、ミミズじゃないならこんなところで地面にのめり込んで何してるの?塩をかけられて悶え苦しむなめくじごっこ?」
「だからどうしてお前はピンポイントでそうイヤなことを言うんだ!!」
「え?違った?じゃあせっかく人にくっついたのに塩をかけられて振り落とされた挙句にのた打ち回るヒルごっこ?」
「何かイヤミ度がどんどんグレードアップしてくんですけど!!」


 軟体生物と塩から離れろよ!うがーっ!!っと。
それくらい悲痛な叫びが道を行き交う人々の隙間を縫うように上げられたが、無論行き交う人々は素敵にスルーしているし、ついさっきまで当事者のはずであった深海も、一度出したものを鞄にしまうことに忙しいらしい。
 振り向きもせずにてきぱきと梱包している姿を一瞥してから、トールスは溜息にも近い深呼吸を…というか、深すぎる溜息をついたために必然的に大きく吸い込むことになった呼吸の後に、どこか遠い目をしたまま立ち上がると、深海とほぼ同じ格好をした少女を見下ろして言った。


「なあ、ちょっと聞きたいんだけど、ニホンのジョシコーセーってのは、みんな言葉のキャッチボールが出来ないわけ?」
「私はちゃんとキャッチボールしてるつもりだけど?」
「まあ、基本的に変化球だけどな。でも俺、今日始めて言葉の魔球を投げる子と遭遇した。マジで会話が成立しないんだぜ。これを魔球と言わずして何と言う?!って感じ。」


 何だか酷く憔悴しているのは、昨日自分が狙撃した染髪弾と今のイヤミのせいだけじゃないらしいな、と思いつつ、サリはトールスが何だか遠い眼をしながら指差した少女に視線を向けた。


「およ?」


 サリは抱えていた荷物を少しずらして『コレ』と無造作にトールスが指差した少女を観察する。
 ベージュのジャケットに白いハイネックと濃紺の細いリボン、膝の少し上くらいでひらひらしているスカートにはプリーツが入っており、何故だか良く分らないけれどその裾からはクォーターパンツらしきものが覗いている。
 物凄く見覚えがあるななぁと思った瞬間に、そういえば同じの持っているしな、と思考修正を行ったのは、サリも相当にマイペースであったからかもしれない。


「あー、もしかして…」


 サリの言葉に、のん気にばら撒いた荷物を見事に梱包し終わった深海は、ふいっと顔を上げた。
そして、瞬間的に「あ!」と声を上げて人差し指でサリをさすと、勢いよく立ち上がる。
 相当驚いているらしい深海に向かって、サリは少し苦笑めいた笑みを浮かべた。
ニホンからテンペランティアに出入りしている人間は、それほど多くはないにしても天然記念物並みに希少なわけでもない。
 しかしまさか、こんなにも身近な人間と出会うなんて、という、単純な驚きを示して苦笑を浮かべたサリと、眼を零れんばかりに見開いて驚いている深海を交互に見てから、この数分で何度目になるか分らないけれど、トールスは色々諦めて口を挟んだ。


「何だ、お前たち知り合いか?」


 そこには、なるほど、それならこの会話の噛み合わなさも理由もなしに納得できるよな、という疲労感もふんだんに込められていたのだが、無論二人の少女は今日が厄日と決め付けた青年のことなど軽くスルーして、日常ならざる空間での再会に歓声を上げていた。
 正確には、少女のうちの片方が。


「藤村由紀ちゃん!」
「いや寺島沙里ですけど。」


 嬉々として顔見知りであるはずの相手の名前を叫んだ深海に、沙里は即答で突っ込む。
一人お約束の反応を返してくれたトールスは、華麗かつダイナミックにすっ転げると、即座に起き上がって再びお約束の突っ込みを返してくれた。


「おいジョシコーセー!お前こいつと知り合いじゃないのかよ?!」
「えー、知り合いだよ?おかしいなぁ…後ろから二番目の、一番窓際の列の藤村由紀ちゃんじゃなかったっけ?」
「えっと。その席は確かに私の席だけど、名前は藤村さんじゃなくて寺島です。藤村さんは佐藤さんの隣の列の前から二番目でしょ?」
「あれ?そうだっけ?寺島沙里ちゃんは窓側の一番後ろじゃなかったっけ?」
「そこは月城憂さん。いつも寝てるか内職してるかで下向いてるから、顔とか見えないかも知れないけど。」
「あれー…?」


 何だかトールスには意味の分らないパズルのような会話をしつつ、深海はよっこいしょ、と鞄を持ち上げる。
 ずっしりと重いはずの鞄は、深海が持つとそれほどにも見えず、突っ込まなかったもののその内容物の多さをチラ見していたトールスからすれば違和感を覚えずにはいられない。


「――で、結局お前たちはどういう関係なんだ?」
「高校のクラスメイトだよ。」
「そうそう、クラスメイト。あ、寺島サリーちゃん、佐藤深海です。超VIP席の。」
「うん、知ってる。一応訂正しとくと『サリー』じゃなくて『沙里』ね、佐藤さん。」
「わかった。私もね、佐藤じゃなくて深海ね。でも深海魚じゃないからね。」
「うん、知ってるけど。そして分ったけど。何?深海魚って?」
「ずーーーーっと昔から変わらない姿で今も生きてる生き物?カブトガニとかシーラカンスとか…」
「それは深海魚っていうよりは、古代魚っていうんじゃ…」
「そうなの?」
「詳しくは知らないけどね。魚類マニアじゃないから。」


 多分こいつらは感覚で話してんだな、と。
このことを調査報告書に書かなければならないとしたら、トールスはそう感想を書き加えただろう。
 しかし見たところ深海と沙里は顔見知りであるようだし、あとは沙里に任せればいいか、と、トールスは適当に逃げる算段を考え始めた。
 というより、この機を逃したら自分は最後まで意志の疎通がある意味非常に難しい二人に散々苦労をかけられるに決まっている。


「じゃあ、サリ。俺もう行くから。」


 だからごくさりげなさを装って帰ろうとしたのに、見下ろした沙里の表情はちょっと不満そうだった。
というか、トールスには面白がっているように見えた。
 今日は染髪弾カートリッジ付きの重機関銃を持っていないだけまだいいのかもしれないが、裏を返せばその分何をしでかすか分ったものではない。
 何しろ彼女は問題吸引体質とでもいうか、自警団が呼ばれる揉め事の中心にはほぼ確実にその姿を現すのだ。
 背負わなくて良い揉め事まで背負わされそうな、そんな嫌な予感が、冷や汗と共に背中を滑る。


「えー、トール君行っちゃうの?自警(ジケイ)団員の癖に。困ってる女の子放ってっちゃうの?」
「そーだそーだ、慈恵(ジケイ)団員の癖にー。」
「だから!自警団ってのはニホンのケーサツとは違って態の良い何でも屋じゃ無いんだよ!それになんだ慈恵団って!それこそ何でもこなすボランティア団体じゃねぇっつーの!」


 ぜーはーと肩で息をしながらトールスは沙里に言い返す。
途中でちゃちゃを入れる深海にまで律儀に言い返すものだから、その疲労感は確かに数分前より二倍以上に膨れ上がっているだろう。


「そんなにムキなると血圧上がっちゃうよ、トール君。」


 笑いながら言われても心配されているようには聞こえねぇよと言い返したいのを飲み込んで、トールスはダメモトで沙里に向き直った。
 トールスにとっては沙里も深海も感性とか思考回路の繋がり具合で言葉のキャッチボールが上手く出来ない相手であるが、それでも深海よりは沙里の方が慣れている分成立する可能性は高い。
 深海との会話に、すむ世界が違うとはいえ言語が違うわけでもない人間とのコミュニケーションを確立で測らなくてはならない状況に「カルチャーショックってやつ?」と空しさを感じつつ、トールスはもう本当この日何度目になるか分らない『色々諦めた感』を隠しもせずに沙里に向けた。


「俺は基本的に意思の疎通が出来る奴には誠心誠意接するように心がけてるんだよ!お前もこのお嬢ちゃんと話してみれば分るぜ。全然まったく意思の疎通が図れないから。」
「それはトール君の読解力の問題ではなくて?」
「トール君てば、私は『お嬢ちゃん』じゃなくて『深海』だって言ってるのに。」


 本人を前にして言うには些か失礼な発言をトールスは憚りも無く言い、それを聞いた沙里はさらりと長身でピンクの青年に言い返し、深海は前後の文脈などまったく無視して自分の言い分を主張する。
 意思の疎通が出来ないと言うには言いすぎであろうが、確かにマイペースっぽいもんなぁ、と。
 沙里は適当に考えながらトールスに問いかけた。


「トール君は深海ちゃんになんて話しかけたの?」
「『こんなところで何してるんだ?』」


 実際には問いかけた言葉の半分は省略していたが、トールスが聞きたいのは前半部分だけで十分である。
ていうか、何で俺に問いかけるんだ、とでも言いたげな表情で、トールスは沙里の問いに答えた。
 それを聞いてから、今度は沙里は深海に向き直って同じことを問いかける。


「深海ちゃんはトール君になんて答えたの?」
「『うーんとねぇ…、かくかくしかじかでお店を探してるの。』」


 対して深海は、答えた言葉をそのまま全部繰り返した。
それを聞いて沙里はちょっと考えるようなそぶりを見せてから、理解に苦しむ様子で首をかしげ、再びトールスに向き直った。


「これの何処が『意思の疎通が図れない』の?」
「そりゃあ、店を探してるってのは分るけど…」
「『何だか良く分らない内にこっちに拉致されて帰り方を教えてもらうのを交換条件に助けてくれた人の店で働くことになったけどその場所も名前も分らないからお店を探してるの』って、全部ご丁寧に説明してくれてるじゃん。」
「何でお前『かくかくしかじか』だけで其処まで分るのーーーーーーっっっ?!?!」
「これだからトール君はKYって言われるんだよ。」
「やーい、トール君のKYーー!」
「お前も便乗してんなジョシコーセーーーーーーっっ!!!」


 きゃーっと胡散臭い悲鳴を上げて、深海は沙里の背後に隠れようとする。
 そのどちらに呆れているのかは微妙なラインとして、呆れ顔で右から左へ聞き流す沙里と、沙里の言葉に便乗するかのようにきゃいきゃい笑っている深海に、トールスは「KYってなんだ!」と頭を抱えて天を仰ぎつつ地面にのめり込むという、実に器用な一面を披露したのである。