君を誘う物語 10

「「ワイセツブツチンレツザイ!!」」

ビシっ!と。
深海と沙里は声を揃えて悲鳴の後に続いた。
それはもう、腕の角度から声のトーンまできっちりと、素晴らしい程に揃っており、双子でなければ何処かで世界を救う任を託されたなんちゃら戦隊とかなんちゃらレンジャーの前世からの仲間かじゃないかと思うくらいだ。
最初から決めゼリフと共にポーズまで決められていたのなら、納得も行くというものである。
もっとも、人様を真正面から指差して「ワイセツブツチンレツザイ」という決め台詞を叫ぶ正義のヒロインがいれば、の、話ではあるが。

「あら酷い。お客さんが来たみたいだから、急いで上がって来たのに。それに、此処は私の家なんだから、別にワイセツブツチンレツザイにはならないわ。」

軽やかな声が鈴を鳴らすように笑いながら、ロルベールはがしがしと髪の毛をタオルで拭いている。
にっこり微笑む首から上は、男性百人が百人とも見取れるであろうカオがあるのに、首から下は女性百人が百人とも見惚れるであろうカラダが続いているのだ。
しかも下半身に無造作にタオルが巻かれているだけで。
どうやら入浴中に来客に気付いて出て来たらしいその姿に、最もな言い分を言われて、沙里は直ぐに頭を切り替えた。

「あー、それもそうですね。失礼しました。でも今更もう少し待っても良いので、全部服来てから出て来て欲しかったです。」
「あら、女の子はこの方が喜ぶのに?」
「それは『女の子』じゃなくて『女の人』でしょーが。」

どう見ても美女なのに首から下はしっかり男とか、それだけで充分過ぎるほど怪しいのに、加えてさらに輪をかけて怪しい店の店主に下ネタなんざ振られても、どう反応しろっちゅーねん、と。
しかも、見ようによってはちゃんと男というか、逆に全部女に見えるというか、腰タオル一枚なのに性別不明に見えるというのは、中々只者ではない。
沙里は初めてナマで食虫植物を見た時と同じような視線でロルベールを見上げた。
両者の間には随分と開きがあったが、『未知なる存在との遭遇』という点については変わりは無い。
無論、沙里は深海ほどマイペースではなかったからそれを口にはしなかったが、良く言えば素直、悪く言えば空気が読めない深海の方は、遠慮もへったくれも無く一瞬前の失礼極まりない行動から一転して、面白そうに笑った。

「てゆーか、ロルってやっぱり男の人だったんだねー?レースクィーンが似合いすぎてて困ったけどー。」
「あら、私を見て真っ先に『おにーさん』って言った本人が言う?」
「だって、あのレースクィーンの下がこうだなんて、フツーは思わないよ?」

ロルベールの身体は、決してがっしりしているわけではない。
寧ろ線は細い方だろう。
しかし無駄な肉はなく腹筋も割れていて、良く鍛えられている。
化粧っ気が無い分、深海の眼には先日より今の方が男らしく見える。ような気がしないこともない。
深海は改めてロルベールを上から下まで眺めてから、試しに割れた腹に触ってみた。
面白がっているのか、ロルベールも腹に力を入れてみる。
綺麗に割れた腹筋は、固くて無駄に摘める部分も無く、深海は少しだけ期待した女性特有の柔らかさを堪能することは出来なかった。

「水も滴るイイオトコオンナ?」
「いやぁん、照れちゃう!なんか腑に落ちない一言もついてたけどとりあえず嬉しい!」
「でもその顔にその口調でその体はもの凄い違和感だよね!」

深海はどうやら、見かけによらず遠慮のない物言いをするらしい。
沙里は深海とロルベールのやり取りを見ながらひっそりと苦笑を滲ませた。
が、当たり前ながら、確実に女子高生よりも人生の先達であるロルベールの方が、上手であった。

「へぇ。じゃあ、こうならいいわけ?」

急に低くなった声に、深海が驚きというごく真っ当な反応を浮かべるよりも早く、ロルベールは深海の頬に唇を掠める。

「な…」
「いいね、凄い久々に初々しい反応。」
「ななななななななっ」

そしてロルベールは、既に意味を成した言葉を口に出来る状態ではない深海の首筋に顔を寄せた。
深海は充分に感覚がズレた部分があるが、さすがにべろんと首を舐められれば、いくらなんでも反撃くらいする。
あくまでも『反応』では無く『反撃』というところが、深海が深海たる所以とでもいうべきなのだろうか。

「ロル!私シュウさんのお嫁さんになるの!さっき決めたの!だから駄目!」
「っ!!」

ガっ!! と。
布を巻いたハンマー同士をぶつけるような音が響き、ロルベールは悲鳴にならない悲鳴を上げてのけ反った。
一瞬おくれてとりあえず沙里がロルベールを突き飛ばして深海との間に入れば、強かな反撃を喰らわせた本人自身もくわんくわんと眼を回している。

「自分に生じるダメージも省みずに容赦無い頭突きを喰らわせるだなんて、あっぱれだわ!」

とりあえず大事は無いと見て取った沙里は、親指を立てて深海を誉めてみた。
赤くなった額は湯気が出そうな勢いであったが、しかしまだかろうじて意識を保っているらしい深海もぐっと親指を突き出して応えた。
仮に後先考えた行動ではなかったとしても、余りの思い切りの良さに、沙里は深海に拍手を送りたくなった。

「此処までしてシュウさんの為に貞操を守ろうとするなら、シュウさんも本望ってとこよねー。」
「いったーいっ!酷いわサトーちゃん!しかもシュウって何処の馬の骨よ!?お父さんは許さないわよ?!」
「近い未来に親族になるかもしれない身としては、こんな変な店で働かせる方が許せないんですが。」
「ちっ」

実にさりげなく深海に手を伸ばしたロルベールを絶妙のタイミングで避ければ、何処か遠くの方から舌打ちが聞こえたような気がしたが、沙里はそれを聞こえなかった振りをした。
きっと少なからず自覚があるんだろうなぁ、などと思いつつ、とりあえず沙里はいまだくわんくわんしているらしい深海の頬をぺちぺちと叩いてみた。

「深海ちゃん、早く起きないと10カウント取られちゃうよー?」
「そうよぉ。10カウントの内に起きなかったらちゅーしちゃうわよー?」
「――うー……いーたーいーー……」

むふふふふ、と。
おにーさんモードに入っていたロルベールは、どうやらおねーさんモードに戻ったらしい。
怪しげな含み笑いと共に宣言された内容は、先程と同じ行動を示すものであったが、沙里は自分が何処か安堵しているような気がした。
オトコが、男モードで少女に迫るのと、女モードで迫るのとでは、まるでシリアス感が違う。 ような気がしなくもない。

「10カウントするまえからちゅーするな。」
「まー、お固いわね。いーじゃないちゅーくらい。減るモノじゃあるまいし。」
「いや減るとか減らないとか以前に寝込みを襲うな寝込みをという話です。」
「ていうか、凄い今更な気がしなくもないけど、サリーちゃん?だっけ?貴方はナニモノでここに何しに来たの?」

今更と言えば今更であるが、最もと言えば最もな質問である。
ロルベールの言葉はどこか素っ気なくもあったが、声と表情はそれを感じさせないやんわりとしたものだった。
 ていうか、この人は脈絡も無く話題が飛ぶ人なんだな、と、沙里はロルベールに対する認識を刻みながらも、礼儀を守って答えた。

「あー、自己紹介が遅れまして。寺島沙里です。深海ちゃんのクラスメイトで今日は道案内として着いて来ました。」
「くらすめいと?」
「えーっと。ローラーブレードの魔女っ子アニメで例えるなら、私はビデオ&衣装係のポジションってことです。」
「なるほど。」

何だか無茶苦茶な説明であるが、ロルベールはそれで納得したらしい。
そして同時にどこか満足気に頷いた。
どうやらロルベールは、非常に偏った人間なんだな、ということは、沙里にもとてもよく分かった。

「ん?ちょっと待って、テラシマって言った?」
「言った言った。」
「てことは、『シュウ』ってあの『シュウ』なわけ?!」
「どの『シュウ』かは分かんないけど、トラヴィアータの『シュウ』ならそのシュウかな。私、シュウさんの姪っ子。」
「てことは、貴方がメイドちゃん一号なのね?!」
「はぁ?」

沙里の反応が校舎裏で屯している不良学生が、説教を垂れる教師に対するイントネーションと同じになったのは不可抗力だった。
つまり、『何を言っているのか意味が分からん』という反応だ。
しかし、さっぱり意味が分からずに首を傾げる沙里に、ロルベールはその意味を示す意思は無らしく、何やらご乱心のようだ。

「むきー!シュウ!あいつ!私が可愛いメイドを切望しているのを知ってたくせに自分だけさくっと雇って!しかもあいつ、せっかくの女の子なのに至ってフツーの格好しかさせないのよ?信じられる?!だいたい私がメイド服が似合う可愛い子を探し出すのにどれだけ苦労してると思ってんのよ!!なのに今度は私が見つけたサトーちゃんを奪う気?!おとーさんじゃなくても許さないわよ!!だいたい(以下略)」

一人エキサイトしているロルベールの言葉は、沙里的フィーリングで要約するとこうなるらしい。
ロルベールは自分の怪しげな店に可愛いメイド服の子が欲しかった→
それをシュウに愚痴っていたらしい→
そんな状況な中、サリ、テンペランティアデビューinトラヴィアータ→
ロルベール、シュウが可愛い子を雇ったと勘違い→
あまつさえメイド服を着せないなんて邪道だ!→
羨ましくて仕方なかったがとりあえず必死に自分の店にもとメイドを探すがことごとく失敗→
しかし紆余曲折を経て深海、ゲットだゼ☆→
なのに深海といえば、シュウさんの嫁になる宣言→
なんであいつばっかり可愛い子が寄ってくの?! byロルベール。

「っちゅーことなのね…」

その流れで行くと深海がこちらに拉致されて来たことにも、物凄く間接的に自分が関わっているらしいということらしい。
まあ、大方、はた迷惑な願望を持ったロルベールが原因なのだし、第一深海は驚くべき柔軟性をもって、テンペランティアをすでに楽しんでいるのだから、特に沙里が気に病むことでもないのだが。
などと考えているうちに、深海が「うーん…」と呻き声を上げた。
どうやらようやく回った眼が正常に戻ってきたらしい。

「あ、もう大丈夫?深海ちゃん?」
「うん。もうだいじょーぶ。」

 がっつりぶつけた額を押さえれば、なんだかそこがぽっこりしているような気がしなくもないが、気にすると痛いので、深海はそれを気にしないことにした。
病は気から根性だ。
何だか間の抜けたような声と共に深海が沙里に支えられた体を起こせば、自然とその視界にはエキサイトしたロルベールが入ってくるというわけで。

「ところでサリーちゃん、ロルは何をあんなにはっちゃけちゃってるの?」
「良く分からないけど、果てしない野望を達成するには、並々ならぬ試練を越えなければならないということを改めて実感しているみたいよ。」
「ふぅん。良く分からないけど分かった。」
「うん、それならそろそろあの人をこっちに呼び戻さないとね。」

 さてあのエキサイトした生き物を正気に戻すにはどうしようか、と。
4.2秒考えてから、沙里はぬるくなった濡れタオルに顔をうずめている深海に言った。

「深海ちゃん。君に任せた。」
「何を?」
「あの人を呼び戻せるのは深海ちゃんだけでしょ?」
「えー?でも、どうやって?」
「『私がメイド服を着るから落ち着いて』って言ってくれれば、充分だと思うんだけどね。」
「サリーちゃんは着ないの?」
「トラヴィアータはメイド服着用義務は無いもん。持ってないし。」
「貸してあげるよ?」

 今の世の中、秋の葉っぱの原っぱ辺りではメイドカフェなるものが蔓延し、その影響をもろに受けてノリノリでメイド服を着る人と、断固拒否する人、そのようなカフェとは無縁なものの、別に着るのに抵抗が無い人と、特に理由は無いけどちょっと遠慮したいって人が居るだろうが、どうやら深海は着るのを苦に思っていない人種であるらしい。
 そして女装を基本としているらしいロルベールはといえば、メイド服に限っては自分自身の衣装のうちには入れていないようで。
 メイド服は可愛い女の子が着て、さらにはそれごと傍に置くものとして考えて居るらしい。
だから戻ってくるとか来ないとか以前の話として、そのチャンスを逃すなんてマネはしなかったのである。

「そうよそうよ。なんなら用意してあげるわよ?深海ちゃんとおそろいの。」

 深海と沙里が呼び戻すまでもなく、その会話を聞いていたらしいロルベールは自分で勝手に戻ってきた。
一人大騒ぎの中でも一応女子高生二人の会話を聞いていたあたり只者で無いといえば只者でもないのだろう。

「ロルの耳はきっと、都合のいいことは良く聞こえて、都合の悪いことはきっと聞こえないように出来てるんだろうねー。」
「あらー、サトーちゃん。否定はしないけどそういうことはフツー本人を前にしては言わないものよ?ねえ、サリーちゃん。」
「まあ私も否定はしませんが。でも、メイド服を着る予定は無いので。なんとなく成り行きで私まで巻き込まないで下さいねー。」

 にっこりと笑って毒を吐く深海の笑みは、うふふふふ、と無邪気に笑っている。
そのささやかな毒をもろともせずに受け流したロルベールも、見た目だけは綺麗に微笑んで応える。
 だから沙里も、うふふふふ、と楽しそうに笑ってロルベールに返した。
深海は、おそらく額面どおり笑顔をやり取りしただけであろうが、ロルベールと沙里は笑顔の中に込められた何かで会話をしていてもおかしくなかっただろう。
「やぁね、そんな訳ないじゃない。」と、年の功で勝っているロルベールは初志貫徹して笑顔で誤魔化したが、多分諦めてはいないだろう。
 と、沙里は思った。
が、それを口にするより先に、ロルベールは何かを思い出したように更に口を開いた。

「あ、そうだ、サリーちゃん。よかったらお使い頼まれてくれないかしら?」
「いいですけど、何ですか?」
「シュウにコレ、届けて欲しいのよね。」

沙里は渡された瓶をライトに透かすように持ち上げる。
試験管を少し太くしたようなガラスの中は、目一杯水が満たされていて、その真ん中には緑色の塊が浮いていた。
「わぁ、きれー」と、とても見たことがあるその物体に、深海が歓声をあげる。
「これって、まりも?」と、渡されたそれを見ながら沙里は瓶詰めの生物を推測したが、続くロルベールのそれについての説明は、まりものそれに該当するものではなかった。

「今は酢を入れてるからね。」
「「酢?」」

まりもに、酢?と。
深海と沙里は同時に声を上げた。
何故に酢?と。
全くもって理解不能だということを隠しもせずに表情に出せば、ロルベールも同様に二人の女子高生がどうして問い返してくるのかまるで理解出来ないといった表情で答えてくる。

「だって酢入れて酸っぱがらせて縮こまっててもらわなきゃ、危険でしょ?」
「まりもの何処に危険な要素があるのか分かりません。」
「だって、ただの水の中じゃ成体になるまで際限無く成長を続けるのよ?室内で飾るにはコレくらいで止めとかないと。」
「ちなみに、成体はどれくらいなんですか?」
「この子は1.5メートル位だったわ。」
「直径1.5メートル?!」
「ううん。半径が1.5メートル。だから、直径でいうと3メートルくらいかしら?」
「……酢をかけて縮めたんですか?」
「そうよー。大変だったんだから。」

そりゃぁ大変だろうよ、と。
どこから突っ込むべきか沙里が考えている間に、深海がガラス瓶を手にとって更に突っ込みどころ満載に声を上げた。

「まりもって、そんなに大きくなるんだねー。私、初めて知ったよ!」
「あら、でも3メートルなんてまだまだ子供だと思うわよ。だってその隣にもっとでっかいのがごろごろしていたもの。あれってきっと、この子の親だったんじゃないかしら?」

 ロルベールの言葉に、まりもの子を拉致って来たことに対して突っ込むべきか、何でそんな巨大生物をわざわざ観賞用にしようとしたのか、どちらに突っ込むべきだったのだろう。
 別に二択を迫られたわけではなかったが、沙里はひっそりとそう思った。
しかし、突っ込みどころに関しては、どうやらまだまだ序の口だったようである。

「あ、ちなみに水換えは一ヶ月に一回くらいでいいから。間違っても酢の変わりに砂糖水とか入れちゃ駄目よ?喜び勇んで成長をはじめるからね。あと塩水とか入れたら、怒り狂って暴れだすから、それも気をつけること。」
「――まりもが怒り狂うの?っていうか、暴れだすの?」
「というか、それはすでにまりもじゃないよね?」

 流石にマイペースな深海も何かがおかしいということくらいは気付いたらしい。
更にもう一歩突っ込んで沙里がげっそりと突っ込んでみれば、ロルベールはけろりとして応えた。

「まあ、正式名称はまりもじゃなくてマリモドキだしね。あ、瓶から出さないようにしてね。酢から解放されて逃げ出したら最後、ごろごろ転がりながら触れたもの全部餌にしちゃうから。」
「――なんだってそんな良く分らない生き物をシュウさんにお使いなんですか?」

 実は自分が渡されたものは危険極まりないブツなのではないかと思いつつ、沙里はとりあえず深海の手の中からマリモドキとやらいう生物を取り戻して、訝しげな視線も露にロルベールに向けた。
まあ、酢が入った瓶から出さなければ(おそらく)無害であるのなら問題は無かろう。
 きらきらした眼で羨ましそうに瓶を見やる深海はとりあえず置いておくとして、胡散臭いほどに美しい笑みを浮かべたロルベールは、胡散臭さ当社比倍増で更に微笑むと、無駄に爽やかにのたまったのである。

「もちろん、嫌がらせにきまっているじゃなーい!」
「ここまで爽やかに宣言されると、返す言葉もなくなっちゃうね、サリーちゃん!」
「マッタクデスネー。」

 果たして最終的に沙里を脱力させたのはロルベールか深海か微妙なところだ。
 かくして、胡散臭い店の胡散臭い店主からお使いを言い渡された沙里は、胡散臭い生き物が入った瓶を抱えて色々と諦めることにしたのである。

「でも深海ちゃんを残して先に帰るのもなんか心配だなぁ。」
「大丈夫だよサリーちゃん。どうせ次からは此処でバイトだし。」
「そうよそうよ。別に私、サトーちゃんをとって食ったりしないわ。」
「ぴちぴち現役女子高生をここぞとばかりに抱きしめながらそんなこと言われたって、信用あるわけないでしょー?」

 ずびしっ! と。
沙里はまりも瓶を抱えた手とは反対の手で強かにちょっぷをかました。
 もちろん、「痛い!」というロルベールの言葉は素敵にシカトである。
マトモに相手をしていたらこちらが疲れるだけだから、適当なところは聞き流すに限る、ということにしたのだ。

「まあ、とりあえずはいいや。ここ、面白そうだし、深海ちゃんも居るなら、また遊びに来るね、ロルベールさん。」
「もちろん待ってるわー!メイド服用意して!!」
「じゃあ、またね、深海ちゃん!ロルベールさんのコスプレ趣味についていけなくなったら、シュウさんにトラヴィアータで働けないか聞いてみるから、遠慮なく相談してねー!」
「はぁい!またねーサリーちゃん!」

 沙里は、どちらかというと不言実行タイプである。
だから深海の向こうで「酷いわ!サリーちゃんまで私からサトーちゃんを取るの?!」と叫んでいるロルベールは見えないフリだ。
とてもどうでもいいことだが、「サリーちゃんとサトーちゃんって語感ちょっと似てるな」とか考えながら、沙里は今日から自分の特技は「見ざる」「聞かざる」「言わざる」にしよう、と自分の必殺技を決めた。
そんなこんなで沙里は深海にひらひらと手を振りながら、なんだか良く分らないものに溢れた『ロルベールの店』とうやらをあとにしたのである。
 なんだか濃縮還元な一日だったなぁ、と思うには、まだ少し早い時間であったが、腕の中の謎の生物を見たらそう思わずにはいられなかったのは、不可抗力ということにしておいた。