寺島沙里 02 -Traviata-

テンペランティアの南東に広がるトライアル・コントリブエレは研究者の為のエリアとして有名である。
そこでは昼夜にわたり魔法、科学を問わずして更なる先端を目指す研究が極められ、更には次代を継ぐ学生たちの育成も行われているのだ。 研究所に所属している人間は選び抜かれたエリートばかりであり、その知識には貴族でさえも一目置いている。
―――― ということになっている。表向きには。

「そういうわけで出来たのがこれだ」
重機関銃に似たものを男に示されて、沙里は首を傾いだ。それは三脚で床に固定されており、太目の銃身からはコードがあちこちに延びている。
特に目を引くのは照準器と太いコードで繋がっている巨大な招き猫だろう。彼女は虚ろな目で手招きをしている猫をじっと見た。
「この、招き猫は何の為に繋がってるの?」
「げんかつぎだ」
「実は馬鹿?」
沙里が即斬すると、この研究所一の変人と言われる男は憮然とした顔になった。彼は愛しげに招き猫を撫でる。
「君に説明しても分からないから説明を省いた。実は色々な怪しいパワーを発生させている」
「っていうか武器って作っちゃいけないんじゃないんだっけ」
「まだ武器じゃないから平気」
まだ、というならそのうち武器になるんじゃないだろうか、というよりこの外見は武器以外の何ものでもない。
と彼女は思ったのだが、それ以上の追及はしなかった。心底どうでもよかったからだ。
代わりに勧められて重機関銃(もどき)の前に座ると、彼女は照準器を覗き込んだ。

この日トラヴィアータに頼まれていたコーヒー豆を置いてから辺りを散策していた沙里は、通りで知り合いの男に声をかけられたのだ。 よく店にコーヒーを飲みに来る彼は、山口和馬と言ってテンペランティア生まれの―――― 異世界人と日本人のハーフである。
「ちょっと面白いものが出来たから見に来ればいい」と言う彼についてきた沙里は、道中それがどんなものか説明されたがよく分からなかった。 面倒で真剣に聞いていなかったから、というのもある。
そして彼女は、トライアル・コントリブエレに数ある研究所の一つに来て、これを見せられたのだ。

「スコープは自動で狙撃に最適な倍率を調整するようになっている。範囲は約三キロだ」
「オートフォーカス?」
「何だそれは」
「カズマくんは日本の文化に疎いよ。それより狙撃って言っちゃ駄目じゃん」
そう言ってしまっては武器ではないと言い逃れはできない。しかし和馬は平然と言い放った。
「平気だ。照準は合うが、銃弾がそこまで届かない」
「…………馬鹿?」
「違う! これはカートリッジを付け替えて色んなものを発射できるんだよ! だから物によっては飛ばないんだ!」
「へーえ」
心からどうでもよさそうな相槌を打って沙里はスコープの中の円形の視界を見やる。
整然とした研究都市、そこに見覚えのある人影が歩いていた。
「あ、トールくんだ」
「トール?」
「トールス・ライズ。自警団員」
自警団の中でも若く怒りっぽい男の名は和馬も知っているらしい。彼はぽんと手を叩くと沙里の肩も叩いた。
「ああ。あいつか。撃っちまえ」
「おっけー。一番よく飛ぶものセットしてよ」
「よし。いい実験台だ」
白衣の男はなにやらガツガツ音をさせてカートリッジを替えている。沙里はスコープを睨んだまま「いいぞ」という男の声を聞くと、トールスに向っておもむろに引き金を引いた。

「あ、当たった」
「おー? 5百メートルくらいか。まぁまぁだな」
「怒ってるよ。何かこっち睨んでる」
「ばれないだろ。念のため隠しとくか」
いささか楽観的にそう片付けた二人。しかし沙里は和馬と別れて研究所を出たところで不意に首の後ろを吊り上げられた。
見上げるとそこには長身の男が立っている。―――― 髪の色がショッキングピンクの。
「あはははははははははは。トールくん、その髪どうしたの?」
「それは俺がお前に聞くところだ。これは何だ?」
「知らない」
「う・そ・を・つ・く・な!」
何故ばれたのか。答は簡単なことで、つまり狙撃をしている沙里の姿がトールスから見えたらしい。
沙里は「トールくん、目がいいね」と素直に負けを認めて降参した。
「お前、今日という今日はもう許さんぞ! 本部に連れていって正座で説教だ!」
「トールくんが正座するの?」
「説教する側は正座しない!」
「私はえらそうにふんぞりかえっといてあげる」
「牢にぶちこむぞ女子高生!」
「そんなことをすると私の空想上の八百万の仲間が来て……」
「空想の仲間が怖いわけあるか!」
「あなたは私の脳内で永遠に凄惨な死体となって横たわるのです」
「やっぱり少し嫌になってきたからやめろ!」

和馬がセットした「一番よく飛ぶカートリッジ」とやらは「染髪弾」だったらしい。よくリベル・トリニタの子供が遊びで撃ち合っているやつだ。 体のどこに命中しても髪が染まる。そこで子供たちは勝敗を明らかに見分けられるというわけだ。
効果時間は普通なら十五分ほどだが、このピンクの染髪弾は和馬の手が入っているらしく半日は染まっているという。
トールスはコーヒーを苦い顔をして飲み干してしまうと、エプロンをつけた少女を睨んだ。
「こんな頭になっては本部に帰れないだろう! もうちょっとましなものを撃て!」
そういう怒り方をする自体既に半分沙里に負けているのだが、彼だけはそのことに気づかない。
ついさっきまでトールスと叔父の二人に左右から説教されていた彼女は盆を持った手を上げて肩を竦めた。
「他のはカタツムリ弾とか……」
「これでいい。でももうやるな」
ちなみに和馬は始末書を書かされている。今後あの重機関銃(もどき)の試射には研究所長の許可が必要になったはずだ。
年下の女の子をあまり怒るのは大人気ないと思っているトールスは、理想と現実の狭間で苦いコーヒーを飲み続けている。
もう既に理想をぶち抜くくらい怒ってしまっている気もするが、それでも彼としては何とか留まっているつもりだった。
現に彼は沙里を牢に入れたことは一度もない。が、それは沙里が捕まるスレスレのラインを走っているからという事実もあるのだったが。
「あ、そうだ!」
沙里は唐突に声を上げる。その顔をトールスは疲れた目で見上げた。
「髪の毛を剃っちゃえば帰れると思うよ。ピンクが分からなくなる」
「半日の為に髪を剃るくらいなら早退するわ!」
「残念。きっと似合ったのに」
巡回に出かけてツルツルの頭で帰ってきたら正気を疑われる。まだ「染髪弾にあたった」という方がマシだ。
今日の迷惑料として「コーヒーお代わりし放題権」を手に入れた男は沙里の手から新しいカップを受け取った。
「お前は本当に落ち着きがないというか躊躇いがないというか……」
再開された説教に沙里は能面のような顔になる。こういう顔の時の彼女は「聞いているけど聞いていない」。
本人曰く「聴覚を遮断してる」のだという。そのことを知っているトラヴィアータの常連は気の毒な視線をトールスに送った。
先ほど説教に加わっていた修は、沙里には長い説教をしても無意味だと分かっている為びしっと怒ってすぐに解放した。
一方トールスは一時間近くに渡り、穴の開いた瓶に水を注ぐような作業を続けているのである。

「……というわけだ。分かったか!」
「分かった」
長々と文句を述べた彼は、一息ついてまたコーヒーに口をつける。その深い皺が固定されてしまった眉間を見て、沙里はにっこり微笑んだ。
いつも無表情な彼女が何の前触れもなく笑ったことでトールスは椅子を倒しそうなくらい驚愕する。
「何だ!?」
「トールくん、日本の女子高生はね、好きな人の髪をピンクに染めてアピールするのです」
―――― そんなのに騙されるやつは居ない。
それが店内にいた修と客たち全員の感想だったが、言われた当人だけは違った。
トールスは瞬間で顔を真っ赤にすると、カップを投げ出しダッシュで外に逃げ出していく。
皆の唖然とした視線が揺れているドアに集まり…………感情を同じくした声がいくつも沙里にかけられた。
「サリ、ひでぇ」
「あれはないわ……」
「信じる方も馬鹿だけど」
「というかピンクに染めてる時点でおかしいよな。日本に染髪弾ってないし」
憐れみと呆れのたちこめる店内で、沙里は一人胸を張った。常連の客たちを見回す。
「結果よければ全てよし! 説教終わったから帰る!」
こうして小台風のような女子高生は、ゲートを通って元の世界に帰っていった。
余談としてピンクの髪のまま顔を真っ赤にして本部に帰ったトールスだが、報告も出さずに部屋に閉じこもって同僚に不審の目で見られたという。
何だかんだ言っていつものことである。