みかみてれんの活動報告 (サンプル・冊子未掲載)

 ごきげんよう、みかみてれんです。
 最近の暑さにすっかり参りぎみのわたしです。三十度を越えたら、もう人間の住むところじゃないよ! 生まれながらに心頭滅却ができる心滅の一族とかに生まれて、人里離れた鳥取砂丘で五十年くらい修行した人じゃないと無理だよ!
 けどわたしは作家ですから、どんな状況であっても原稿を書かなければならないわけです。たとえ炎天下の砂丘に、戦火を越えてただ一人生き残っても、平気な顔をして執筆を続けなければならないのです。
 ただ、今ではそうして歯を食いしばって暑さに耐えながら、ファミレスの前でストリート執筆しているわたしも、子供の頃は暑気あたりで倒れてしまうことも少なくありませんでした。
 当時、日常に使う土器を作るのは、成人の儀を迎えていない少女たちの役目だったので、わたしは焼成の度に窯の前で遠のく意識と戦っていたのです。
 あの時代は、太陽がまだ二つあったのでなおさら厳しい状況でありました。

 そう、太陽が二つあったカンカンテリテリ時代……
 とてもなつかしい思い出です。太陽が二つと言っても、一つは宇宙誕生時から存在する概念生物でした。わたしたちの国の古い言葉では「偽陽」と呼ばれるそれは、時を追うごとに膨張して熱を持ち、最終的には宇宙を破壊してしまうという、みなさんご存じのあれのことです。
 偽陽は、今でこそ小学校の授業でくらいしか触れられないものですが、わたしが子供の頃は、皆が次第に熱を持っていく二つ目の太陽を恐れて生きていました。
 日影を求め、世界の終わりを覚悟して暮らしていく毎日……。そんな中、わたしはふと気づいたのです。
 ――偽陽を破壊しなければ、わたしが作家になった頃には、紙が燃えてしまう気温になると。

 作家になるために、太陽を破壊する。
 そんな大それた野望を恐れずにいられるほどに、わたしは幼く、ひたむきでした。
 土器を作る傍ら、宇宙船を開発し、仲間を集め、世界を渡り歩き、夕闇にはトランペットを吹き鳴らしながら、戦いの準備をしました。
 思えば辛く苦しく、けれど充実した日々であったと思います。
 地球を旅立ってからの、約一億キロの宇宙の旅路も、今となってはいい経験です。宇宙生物が乗組員の右手に卵を産みつけはじめた時は「自分はもう、キーボードが打てなくなるかもしれない」とも危ぶみました。
 ですが、そんなわたしは今、偽陽を破壊し、時空の歪みを経て、作家として地上に戻ってきています。
 ――三千七百年もの昔が、ただただ懐かしい。
 つきせぬ郷愁を胸に、今日もわたしは三十度の部屋で執筆を続けます。
 無限の想像力を源に、そして右手に宿る相棒と、語りあいながら――