闇の先

mudan tensai genkin desu -yuki

長い無機質な廊下は緩やかに右へと曲線を描いていた。
等間隔に穿たれた窓。だがその向こうは闇ばかりで何も見えない。
オスカーは手首の感覚を確かめるように右手の剣を軽く振った。
彼の力によって生み出された剣。継承された刃は濃い空気と呼応してか薄白く光っている。
その柄から伸びた糸が五本、彼の手の甲に繋がっており、オスカーはその糸をもまた一瞥した。
刃と同じ色に光る糸は彼の精神に呼応してか僅かにさざめいている。彼はそのことに気付くと集中を意識し直した。
そうして彼は頭の中に建物の内部地図を思い浮かべる。
「次の角を右だったか?」
(あれ、左だったと思うんですけど)
「そうだったか……?」
まったく逆の意見が呈され彼は沈黙する。
彼の中にいる女もそれは同様だったようで、しばらくして(間違ってたら壁破ればいいじゃないですか)と大雑把な返答が返って来た。その提案にいささかどころではなく呆れながらもオスカーは前に進む。
「どちらでもいいか。どうせ全て排するんだからな」
(全て壊しましょう)
楽しそうに謳う気配が彼の中で響く。
そしてその言葉を力として示すように、男の背後で大きな構成が描かれた。オスカーは振り返らぬまま唇を上げて笑う。
音もなく背に迫っていた銀の蔓―――― それらは皆、続く魔法の発動と共に音もなく蒸発した。
オスカーは廊下の先、目の前に立っている少女に向けて剣を上げる。
銀の瞳をした少女、今まで何度も見た鏡像に、男は皮肉な目を向けた。
「さて、覚悟はいいか?」
「外来者よ。立ち去ることを勧めよう」
「そう言ってお前は昨夜も死んでいた」
剣身の光が輝きを強める。鏡像の少女は答えぬまま太い銀の尾を振った。それらは無数に枝分かれし空中を蠢く。
一つ一つに個別の意思があるかのように鋭い先端を彼の方に向ける尾は、男の隙を窺ってか空間を埋め尽くしその身をくねらせた。
一触即発の気配に、だが緊張を覚える者はいない。
オスカーは左手を上げる。魔女の笑う気配が彼にだけ感じ取れた。
「爆ぜろ」
(展開せよ、捻れし因果の火)
彼に向って恐ろしい速度で一斉に向かう無数の尾。その先端を蒼白い火の飛沫が迎え撃つ。
オスカーは本体である少女へ向かい床を蹴った。



調査し、整理し、試行し、決断する。
予定されていたその流れにおいて、彼の存在は明らかな異質の一つであろう。
計算外の外来者。一度はこの世界から失われた力を継承して現れた男は、着実に彼らの力を殺ぎ取っていく。






「ティナーシャ、平気か?」
(平気です……少し、眠ります……)
かぼそい響きを残して女の意識が閉じると、オスカーは右手の剣を消した。残る糸を巻き取って懐に入れる。
たどり着いた広い部屋の壁はいまやほとんどが崩落し、あちこちに銀片が散らばっていた。破砕され穴だらけの床を彼は冷ややかに睥睨する。
「さて、残るはあと幾つだったかな」
ささやかな自問に応える声はない。
オスカーは足下に落ちていた青く光る破片を踏み砕くと、何も残さぬままその場を後にしたのだった。