冷ややかな仲裁

mudan tensai genkin desu -yuki

「あっつ……」
「あ! 今言おうとしたな! 暑いって!」
「言ってません」
不毛なやり取り。雪中行軍のように厚着をした二人はしばし無言で睨みあう。
間にある火のつけられた釜がぐらぐらと煮立って、白い湯気を吐き出した。
雫はぼたぼたと汗のしたたる額を布で拭う。
「まだかなり余裕ですよ。それより王様、大丈夫なんですか? 座高が高い分暑そうですよ」
「身長と言え、人参娘。余裕があるなら立ったらどうだ?」
「足が疲れるんで嫌ですね!」
大人気ない(一応)大人二人の攻防。
本日の勝負は、我慢大会である。

どうしてこうなったのか、や、何が切っ掛けだったのか、などの問題は、今の雫にとってどうでもいいことだ。
というか、頭の中が朦朧として考えるのが面倒くさい。きっと大方ラルスのせいに決まっている。
だが一度勝負という状態になってしまった以上、雫は負ける気が微塵もなかった。それだけは許される水分補給を忘れないようにしながら、ずっしり汗で濡れた裾を絞る。
「っていうか今思いましたけどこれ、ファルサス育ちの方が有利ですよね。元々暑い国なんですから」
「何だ、弱音か? 負けた時の言い訳か?」
「いえ、全然違いますよ。まったく違います。むしろ不利を跳ね除けて勝利して高笑いしようと思ってます」
「降参するなら死ぬ前にしろよー。オルティアが煩い」
「王様こそセファス殿下がお気の毒ですから、致命的なことになる前に降参なさってください」
巨大な釜は今も、魔法の力によって絶好調に煮えたぎっている。
そこから生み出される蒸気は広すぎない部屋を満遍なく熱し、二人の周囲は灼熱地獄と言いたくなる熱気が立ち込めていた。
ラルスは五重ほどに着込んだ服の、一番外側の毛皮を指で引っ張る。
本当は上質なものなのであろう毛皮は、すっかり蒸気でしおしおに成り果てていた。
「無理するなよ? お前は脂肪の分、暑いだろうからな」
「今、何て仰いましたか、王様。聞き捨てならないことを言われましたね」
「俺、ほとんど脂肪ないぞー。残念だったな」
「別にマッチョになりたくはないんで。勝ち誇らないで下さい」

いつまでも続きそうな不毛なやり取り。
それは話を伝え聞いたらしいエリクが「何をしているのですか」と執務室の扉を開けたことで決着した。
今までの熱気全てを打ち消すほど冷ややかな視線に雫は蒼ざめ―――― 結局勝負は引き分けで打ち切られたのである。
蒸気をたっぷり吸い込んでしまった壁と天井は、後で直すのが大変だったらしい。