綺麗な空

mudan tensai genkin desu -yuki

初めて彼がファルサスを訪れたのは四歳の時、色々よく分からないことばかりだった。

そもそもどうしてファルサスで開かれる式典に、父王だけでなく子供の自分も呼ばれたのか、その事情からして分からなかった。
ただ気づいた時、彼ら親子は式典の会場を離れ、何処かの広い部屋に通されていた。
そこで彼は、当時まだ二歳だった王太子と出会ったのだ。
初めて見る幼子の寝姿に、彼が興味を引かれている間、背後では二人の王が和やかとは言えない会話を交わしていた。

「これがあの女に産ませた子か」
「そう。面白いだろ?」
「どちらの親に似ても性格が歪みそうだな」
本来であれば、国力の違う大国の王に対し言っていい言葉ではない。
だがラルスは鼻で笑っただけで、不快に思った様子はなかった。公には関係がないことになっている従兄弟に向かって、彼は立てた人差し指をやる気なく振って見せる。
「俺よりもオルティアに似た方がましな性格になるだろうな。あいつの方が根はまともだ」
「あの妖姫がか?」
「最近すっかり毒が抜けた。とは言え、お前からしたら言いたいことは山ほどあるだろうがな」
ラルスの青い瞳が、ヴィエドの背に注がれる。その視線の意味するところを察してオルトヴィーンは顔を顰めた。
「やめろ。あれには何も教えるつもりはない」
「そうなのか? ―――― まぁそれも賢明かもしれんな」
最小限の言葉だけでやり取りされる会話は、しかし最初から通じあわないことを前提としているようでもあった。
オルトヴィーンが何かを言いかけた時、背後の扉が開かれ一人の女が入ってくる。ラルスは彼女を見て悪童のように笑った。
「お、来たな」
「お声をかけてくださって、ありがとうございます。王様」
二人の王に対して深く頭を下げた女。
面を上げた彼女の顔立ちと、それ以上に丸みを帯びた腹部を見てオルトヴィーンはぎょっとした顔になる。
だが彼女はそれには気付かず、一礼して二人の前を通り過ぎた。「ヴィエド殿下」と赤子に見入っていた幼児に声をかける。
振り返った子供は見知らぬ女に対し、怪訝そうに首を傾いだ。
「だれだ」
「あなた様がお生まれになった時、近くにいた者でございます」
膝をついて微笑む女を見返しながら、ヴィエドは言われた言葉を反芻した。
よくよく考え―――― 一つの問いを導く。
「なら、母上のことをしっている?」
「ええ。とてもお美しい方でした」
女は優しげな微笑を見せると、ヴィエドに向かって恭しく頭を下げた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。わたくし、ヴィヴィア・バベルと申します」






自分がファルサスとどういう関係なのか、ヴィエドは父から何も聞かされることはなかった。
ただ時折勉強の傍らファルサスやキスクを訪ねると、何故か彼には様々な優遇がもたらされただけだ。
おそらく父たちの時代に何かがあったのだろう。青年になった彼はそれを察したが、誰に問い詰めることもしなかった。
あの日彼に母のことを語ってくれた女の笑顔が、酷く淋しげなものに見えたので。

「ヴィエド! 来ていたの? 遊びましょう!」
「残念ながらその暇はないんだよ。エウドラ殿下」
キスクの宮廷図書室から資料を借り出した帰り、彼に駆け寄ってきた八歳年下の王女は、それを聞いて不服そうな表情になった。小さな唇を尖らせて「つまらないわ」と零す。
母親によく似た顔。ファルサスの血を示す青い瞳。
だが彼はそこに何の負も覚えない。ただ時折懐かしさに似たものを抱くだけだ。
ヴィエドは幼い少女の手に口付けると、キスクの城を後にする。
広がる空は今日も澄んで、何の憂いもないように見えた。