仄かな異臭

mudan tensai genkin desu -yuki

テーブルの上に置かれている白い大皿。
そこには混沌が広がっていた。微かに嗅ぎ取れる異臭にイルジェは向かいの少年を見下ろす。
「シスイ」
「はい」
「失敗したようだな」
「左様で」
本日のおやつとして彼ら二人が手をかけていたケーキ。
それは、あくなき挑戦の結果、見るも無残な地獄の産物と成り果てていた。暗褐色の粘液が全体を覆い、ところどころには赤い斑点が浮き上がっている。
異様な匂いからして毒と言っても余裕で通るであろう。イルジェは紫と赤が斑になっている側面を観察した。
「どんな効能があるか興味が沸くな」
「毒見をなさるなら僕がいたしましょう」
「それだと記録する者がいなくなる。適当に誰かを呼ぼう。……何をどれだけ混ぜたか覚えているか?」
「はい」
キスク城内において無形の災害を次々引き起こす二人は、こうして犠牲者を選考する作業に移った。
その結果呼び出された人間がニケであったのは―――― それなりに必然なのかもしれない。

王太子に呼ばれて部屋に入ったら毒物の乗った皿を差し出された。
が、これくらいで動揺しては宮仕えなどはやっていられない。ニケは平然とした顔で白い小皿を受け取る。
どう見ても腐敗し崩れ落ちているとしか思えぬ物体を眺めて、彼は尋ねた。
「これは何でしょうか」
「ナレノハテだ」
「…………」
固有名詞の如き発音で言われても、何かの失敗物であるということは明らかだ。
ニケは嫌な予感を既に確定のものとしながらも、一応聞いてみる。
「私は何をすればよろしいので」
「食べてみろ」
イルジェの背後でシスイが鉄壁の笑顔を見せているが、この少年の性格からいって内心大笑いしていることは間違いない。
ニケはシスイを一睨みして匙を取った。暗褐色の粘液を掬い上げる。
何だか精神を肉体から離脱させて匙から遠ざかりたくなったが、魔法士の彼はその二つが切り離せないものであることはよく知っている。
矜持から言っても匙を震えさせることはしたくない。女王の側近である男は黙してそれを口へと運んだ。
ゆっくりと味わう(ように見える)間、二人の少年の視線がニケへと集中する。
ややあって彼は、落ち着いた声音で王太子に進言した。
「少し生臭さを感じます」
「そうか」
「あとは舌に痺れが」
「辛味のせいかもしれんな」
「喉にまとわりつくような感触で、嚥下後もそれが残ります」
「改善しよう」
「目だって感じられたのはその辺りでしょうか」
ニケはシスイを目で呼ぶと皿を返す。
王太子の「ご苦労だった」という声に応えて深くお辞儀をすると、彼は部屋を退出した。
閉ざされた扉の内側で、イルジェとシスイは顔を見合わせる。
「人選を間違ったか?」
「痩せ我慢をされたようですね。もっと素直な人間を呼びましょう」
ニケの努力をなかったことにして、二人の暴走は続いていく。
平静を装って部屋を退出した彼が、最初の角を曲がった後、最寄の流しへ走ったことは言うまでもない。