暗い空

mudan tensai genkin desu -yuki

執務室の窓に大粒の雨があたり始めたのは、まだ昼を少し過ぎたばかりのことだった。
窓を背に執務をしていたオスカーは振り返る。たちまち本降りになり始めた暗い空を、彼は眉を寄せて見上げた。
「凄いな」
「これ、続きますよ。あと三日」
長椅子に寝そべって本を読んでいた王妃が相槌を打つ。
元精霊術士であり、その為天候予測の能力を持っている妻の言葉に、オスカーは小さく唸った。
「ずっと大雨なのか?」
「ええ。雨量が多いと困りますか?」
「いや、ちょうどいい。下水の設備を新しくしたから、排水量が増えた場合も問題が起きないか確かめたかった」
「なるほど」
この大陸において、大きな街は下水設備が整っているところの方が多い。
ファルサス城都もその多分に洩れず、建国時から基本的な下水設備を兼ね備えていた。
もっともその設備自体は何度も改良を加えられ、掘られた溝を排水が通るだけだった当初のものとは大分異なっている。
特に昨年からは下水道の各所に新しく魔法具を埋め込み、排水量に応じて流れる道とその数を変えるよう変更が為されていた。
それは、たまに起きる大雨の時に下水が溢れ出さないようにする為の対策であるのだが、実際の効果を見てみたいとオスカーは思っていたのだ。
あとで日ごとの雨量と排水状況を報告させようと頭の中に覚書を加えながら、王はふと嘆息する。
「しかし、少しずつ魔法技術が進歩しているといっても、なかなか失われたものには到達できないな」
「というと?」
「いや。今の下水設備の原型は、二百年前の小国イルスによって作られたものなんだが、当時の設計図は既に失われていてな。
 いくつかの魔法具についての構成説明と、設備の実際の機能が記録に残っているだけなんだ。
 だがその機能を読むと、まだまだこちらでは不可能なことが多い。二百年も経っているというのにな」
記録に残っているイルスの設備には、下水の完全浄化機能などがあったらしいのだ。
だからこそ雨に恵まれぬ土地でもある程度作物の栽培が可能となっていたのだが、どれほど研究が重ねられてもファルサスの設備は未だその域には及ばない。オスカーは失われた歴史の遺物に思いを馳せ、視線を彷徨わせた。
その時、横合いから妻の声がかかる。
「あれ、イルスの下水設備の構成図が欲しいんですか?」
「………………もしかして、持っているのか?」
「持ってないですけど覚えてますよ。あれ、私が作ったものですから。当時の宰相が契約者だったんですよ」
「………………」

嬉しいけれど釈然としないのは何故なのだろう。
オスカーは、数秒前まで時の流れの脈々に思いを馳せていたことが虚しくなった。四百年以上前から生きている妻を見やる。
「なら担当の魔法士に教えてやってくれ」
「かしこまりました。でもイルスの設備をここで再現するには結構地下を弄らないといけませんからね。改良しましょう」
「予算は後で相談する。とりあえず骨組みを頼んだ」
「了解しました」
失われた過去とは案外近くに転がっていたりするのかもしれない。
オスカーは、妃がその場から転移して消えてしまうと、改めて大きく溜息をついたのだった。