手に入れることの出来ない欠片

mudan tensai genkin desu -yuki

それは、ちょっとした偶然の出来事でした。

わたしは数年前からキスクの宮廷で、女官として行儀見習いをさせて頂いている者です。
宮廷に入ったばかりの頃は人見知りが激しく、そのせいか満足な仕事が出来ないことに悩んだものですが、最近はすっかりそのようなこともなくなり、より一層仕事に充実感を覚えるようになりました。幸い上の方々にも顔を覚えていただいて、直接仕事を仰せつかることも少しずつですが増えてきております。
そんなある時、わたしは女王陛下の私室から食器を下げるよう仰せつかりました。日頃陛下の部屋付きになっている方がたまたま非番でしたので、わたしにお声がかかったのでしょう。緊張しながらも陛下のお部屋に入り、茶器と皿を下げさせて頂きました。
しかしわたしはそれらを洗い場に運んだところで―――― 皿に残っていたあるものに気付いたのです。
茶色い何かの破片。
食べ物のような、そうでないようなそれが、妙に気になったのは何故なのでしょう。
わたしはその破片を……不思議に思って、また行儀が悪いと思いながら摘み上げて匂いを嗅いでみたのです。
微かに嗅ぎ取れた匂いは、初めてのもの。どうやら甘い香りであるようでした。
それから、茶色い欠片を口の中に入れてしまったのは、魔が差してしまったからとしか言いようがありません。
宮廷に入ったばかりの頃ならともかく、他に誰かの視線があったら、とてもじゃないですけどそんなことはしなかったでしょう。
ただその時、周囲には誰もいませんでした。
そしてわたしは―――― 謎の破片の味に、すっかり魅了されてしまったのです!

お茶菓子の皿に残っていたのですから、お菓子の一種なのでしょう。
ただ後で厨房の職人に聞いてみても、その日その時間、陛下にお菓子はお出ししていないと言うのです。
なんということでしょう! とっても気になります!
わたしはこの謎を何としても解かねばなりません!
陛下に伺うのが一番確実なのでしょうが、それをしてはつまみ食いをしたことがばれてしまいます。
ここは密かに情報を集めて……
「あ、ウィレット久しぶり!」
「おおっと、ヴィヴィアさん!」
廊下の向こうからやって来た人は、親しくして頂いている……ええと、ヴィヴィアさんって職業なんなんですか。
女官、じゃないと思いますし、文官、もなんか違う。強いて言えば学者さん、ですか? なんかそこまで堅苦しい人でもないんですが。
一番しっくりくるのが「陛下のご友人」でしょうか。勿論わたしのお友達でもあるのです!
ヴィヴィアさんは手に何かの籠を抱えていて、わたしの前までいらっしゃると陛下と約束があるのだと笑って教えてくださいました。
ああ、なるほど、と頷きかけて……そうだ、ヴィヴィアさんはあれをご存知なんでしょうか。試しに聞いてみます。
「え? 茶色い甘いもの? 姫の? あー!」
「ご存知ですか!」
「知ってる。多分それ持ってきたの私。でも、あー……」
どうしたのでしょう。ヴィヴィアさんは難しい顔になってしまいました。
早く正体を教えて欲しいのですが、言いづらいものなんでしょうか。
「それさ、チョコレートっていうんだけど、まだあんまり数作れなくて普通の人には入手出来ないお菓子なんだよね」
「えええええええええ!?」
「製造元はファルサスなんだけど、城でしか作ってないし、多分コネがないと買えない」
「そ、そんな……」
なんということでしょう……正体が分かったのに食べられないなんて。
あまりのことにしょんぼりしていると、けれどヴィヴィアさんは籠から何かを一掴み、取り出しました。
苦笑しながらわたしに「手を出して」と仰います。
「でも私は原案者特権でコネがあるから。はい、あげる」
「こ、これは!」
「次はまた来た時にね」
透明の包み紙で一つずつ包まれた「チョコレート」!
それを十個ほどくださって、ヴィヴィアさんは去っていきました。後姿が男前です!

それにしても……何だか幸運すぎて、ずるをしてしまったような気分です。
でも、とっても嬉しい!
ヴィヴィアさん、ありがとうございます!