息苦しい夢

mudan tensai genkin desu -yuki

これは夢だ、と途中で分かった。
いつもの「空間」ではない。闇の中に立っている自分。
何も見えないはずの世界に、しかし無数の記憶が流れていた。
まるで奔流のようなそれらの只中で、彼女は耳を塞いで立ち尽くしている。

―――― これは、夢だ。
こんなものは夢だ。あの時、あの男が去った時もこんな夢を見た。
だがこれは――――

闇の中で闇が爆ぜる。
その飛沫が彼女の体にかかり、濡れた感触をもたらした。
恐怖に似た感情に小さく喘ぐと、また闇の雫が足にかかる。
「これは、ゆめ」
分かっている。だが、そう言い聞かせても夢の中からは抜け出せそうになかった。
レアは耳を塞ぎ、目を閉ざして濁流を耐える。
「自分」が散り散りに流れ去ってしまうような不安。流れの一滴となり果ててしまう畏れ。
それらに絡め取られ息も出来ずに溺れていく最中……彼女はついに彼の名を呼んだ。





「アージェ」
ぽつりと、背後で呟かれた自分の名に、木陰で座って休んでいた少年は驚いて振り返った。
いつ来ていたのか、そこに友人の姿を見出して息を吐く。
「何だ、吃驚させるなよ」
「ごめんなさい」
うなだれる少女はいつもとは違って、ひどく翳を帯びているように見えた。
レアは招かれてアージェの隣に座ると、自分の両膝を抱える。
白皙の頬から血の気が引いているのを見て、アージェは眉を顰めた。
「どうしたんだよ」
「こ、こわい夢を、見て……」
「それで寝不足? 俺の妹みたいだな」
家族と共に暮らしていた頃、クラリベルはよく雷や悪夢を恐れて、夜中に兄を起こすことがあったのだ。
そのような時は煩わしさを感じながらも、彼は眠気を堪えて妹に付き合った。
アージェは過ぎし日のことを思い出す。
「しょうがないな。じゃあ、ここで昼寝すればいい」
「こ、ここで?」
「天気いいし、風邪も引かないだろ。うなされてたら起こしてやるから」
一人で剣の練習をしていた少年は「もうしばらく俺もここにいるし」と反対側に置いてある長剣を指した。
初めて出会った頃よりもたくましくなった体つき。日に日に成長していく少年を、レアは眩しそうな目で見上げる。
「本当に、傍にいてくれる?」
「うん」
「ありがとう」
かぼそい感謝の言葉。だが、白い顔には先ほどより赤みが差していた。
レアは嬉しそうに微笑むと、膝を抱えたままアージェの腕にもたれかかる。
そのまま間を置かず眠りへと落ちていく少女に、彼は驚いたが何も言うことが出来なかった。
言おうとした時には既に、安らかな寝息が聞こえてきてしまったので。
「これじゃ俺、何も出来ないだろ……」
ぼやいてはみたが、安堵の顔で眠るレアを揺り起こす気にはなれなかった。
アージェは溜息をつくと流れる雲を見上げる。
穏やかな晴天。それは、束の間の休息を意味するように安らいで、二人の姿を遥か高みから見下ろしていたのだった。