苦い日のこと

mudan tensai genkin desu -yuki

キスク国内のみで行われる求愛の行事「花雨の日」。
それに関しては苦い思い出しかないニケは、しかしその思い出が遠い日のこととなったこの日、改めて苦い思い出を更新しようとしていた。
彼は宮廷内の廊下で出店を出している少年を、冷ややかな目で睨む。
「こんなところで何をしている」
「花売りです。結構需要があるようですよ」
小さなテーブルの上に売り物として並べられているものは、慎ましやかな白い花束だ。
値段も妥当なものであり、確かにこれならば女官などがちょっと欲しいと思った時などにありがたいだろう。
花雨の日において贈り物として欠かせないそれらの花束を、ニケは白眼で見やる。
「で、許可は取ってあるのか?」
「勿論。白い花が好きじゃないって方の為に、染色用の水も用意してありますよ」
「染色用?」
言われてみれば、確かにテーブルの片隅に色とりどりの水が詰められた瓶が並べられている。
単なる飾りかと思ったそれらは、売り物の一環らしい。シスイは赤い水の瓶をにやりと笑って手に取った。
「これを花瓶に入れて花を飾れば、花が色水を吸い上げて花弁の色が変わるんです。
 その場では断りきれず受け取ってしまった人でも、こうして花の色を変えてしまえば、あとで言質を取られることも……」
「どういう発想だ、それは」
「その後花束に戻してつき返してやる、という手もあります」
「そこまでするなら最初から断れ!」
花雨の日を盛り上げたいのか盛り下げたいのかまったく意図が分からない。
だがどうせ、シスイのことだから「面白ければそれでいい」と思っているのだろう。
ニケは過去の苦い思い出をつつき出される前に、その場を離れようと背を向けた。「買っていかないんですか?」と笑う少年を肩越しに睨む。
「お前は結構母親似だな」
かつて女王の傍にあって、主君を支えた側近の女。
誠実さと真摯、そして公明な性格だけが広く知られていた彼女の……もう一つの側面を、ニケは黒髪の少年に見る。
シスイは人の悪い笑みを見せて、母親の友人に首肯してみせた。
「それを仰るのは、あなたと両陛下くらいですね」
「もう少し猫を被る努力をしろ」
「いつでも被ってますよ。五匹くらいは」
末恐ろしさを感じさせる返答に、ニケはげっそりしてその場から立ち去った。

しかし、この時のやり取りは誰かから遠目に目撃されていたらしく、何故か城内には「花を買おうか迷うニケと、それを窘めるシスイ」という形で、様々な解釈と共に噂が広がった。
そのせいか覚えのない慰めをあちこちからかけられたニケは―――― 真相を知ると、二度と花雨の日には関わらないと固く心に誓ったのである。