穏やかな新生活

mudan tensai genkin desu -yuki

食卓の上に広げられた食事は、三年間料理上手な黒猫が作ってくれてたものと遜色ないおいしそうなものだった。
ものだったんだけど……こんなところまで一緒でなくてもいいのに、と俺は思う。
「たっぷり召し上がって下さいね、ルーさん」
「は、はい……」
目の前のスープ皿にはたっぷりネギが入ってる。
部屋中に漂うネギ臭。気が遠くなりそうな匂いに、でも俺は張り切って匙を取った。ネギの占領地目掛けて匙を突き刺す。
うあああおおおおお! 涙が出てきそうだけど我慢我慢!
だってダイナ嬢の手料理なんだぞ!

「結婚出来たのは奇跡」「大陸一の珍事件」「もうすぐ世界は滅びる」
―――― とかいう非常にありがたい負け惜しみの数々を浴びて、俺がダイナ嬢と結婚してから数日。
分不相応な幸せをこれからは享受できるんだと思っていたら、とんだ誤算がありました。うん、誤算。
つまりダイナ嬢は……まだ俺がネギ大好き人間だと思ってるらしいんです。何という新生活への刺客。
そもそもどうしてこんな誤解が生まれたのか、さっぱり思い出せない! なんかティナが原因だった気もするぞ!
けどいなくなっちゃった奴に責任を押し付けても事態は改善しないわけで。
「ととととととっても美味しいです!」
「嬉しいですわ。まだ鍋いっぱいありますから。沢山おかわりしてくださいね」
「…………はーい」
追撃がやまない! 何処に逃げればいいんだ!
いや、誤解を解くのが一番って分かってるんだけどね、分かってるんだけど。
ダイナ嬢の太陽のような笑顔を見る度、「これは食べねば!」と思っちゃうんです。
もう自分がネギ大好き人間のような気になってきた。多分気のせいだと思うけど。
けど今日は言うぞ! 絶対言うぞ! この先何十年もネギ責めにあったら死んじゃうかもしれん!
俺は十五杯おかわりして鍋の中を空っぽにすると、意を決して口を開いた。
「じ、実は大事なお話が……」
「はい。何でしょう」
うっ、爽やかな笑顔に怯みそう!
今更ネギ嫌いなんて言っていいのか俺! むしろこのまま一生ネギ食ってくべきなんじゃないか!?
―――― そう思いつつも一応初志貫徹。ずっと言おうと思っていたことを、俺はついに口にする。
「あ、あの、ですね」
「はい」
「実は、言いにくいんですが、俺はネギがあんまり……好きじゃなくて」
「まあ!」
ダイナ嬢驚いてる!
そりゃ驚くよな! 俺のことずっとネギ好き人間だと思ってたみたいだし!
多分、この三年間でダイナ嬢からもらったネギ数えたら五百本は行くと思う。その全部を俺は食べたんだけど!
緊張の面持ち(と言っても覆面してるから分からないだろうけど)でダイナ嬢の表情を窺っていると、彼女は頷く。
「分かりました。気を使わせてしまってごめんなさい」
「こ、こちらこそごめんなさい!」
本当にごめんなさい。
でもこれで晴れてネギのない生活に……なる、はずだったんですが。
翌日もネギが出てきました。何故。

どうやらダイナ嬢、俺の昨日の爆弾発言を「最近ネギの値段が高いから気を使ってくれた結果」と思ったらしい。
朝食の席でにっこりと「ネギ農家の叔父から譲ってもらいました」って言われました。
そ、そうじゃなくて本当にネギが嫌いなんです、って言う気力はもうなく。だって叔父さんネギ農家らしいし。
とりあえず俺はこの日もネギスープをたらふく飲むことになったわけです。
うん、でも幸せだからいいや!