傷ついた瓶

mudan tensai genkin desu -yuki

その傷に雫が気付いたのは、行商人から珍しく切花を買って帰ってきた時のことである。
花瓶を探して花を生けようとした彼女は、ようやく見つけた花瓶の口に少し欠けたところがあるのを見つけ、残念そうな顔になった。欠けた場所から伸びているヒビを指でなぞる。
「これ、折角おもしろい花瓶なのに勿体無いね。水漏るのかな」
「どうでしょう」
花瓶を覗き込んだメアは、手に持っていた切花を置くと代わりに水差しを持ってきた。
二人は欠けた花瓶に水を入れて少し待ってみる。
しばらくして雫は、側面半ばまで入っているヒビから水が滲み出すのに気づいて溜息をついた。
「やっぱ駄目かあ。あんまり水を入れすぎなきゃいいっぽいけど」
「この花瓶が気に入ったのなら修理に出してみたら如何でしょう」
「うーん、どこに頼めばいいのかな」
雫がワノープの町で暮らし出して既に一年以上経っているが、陶器のヒビを直してくれる職人がいたかどうか、さっぱり記憶にない。
勿論雫は知識として、元の世界にはそういった技術もあると知ってはいるのだが、元の世界であれば花瓶をわざわざ修理に出そうとは思わないだろう。
彼女は一旦中の水を捨ててしまうと、洋梨型の花瓶の底を覗き込んだ。
この家にあったということは、元々彼女の夫であるエリクの持ち物なのだろうが、彼が花を飾るところなどまったく想像できない。
何のためについているのか、雫は花瓶の半ばから伸びている真っ直ぐな突起を掴んでみた。
もっとも突起はそれ一つだけではなく、まるでサザエの殻のようにあちこちから突き出している。
「なかなか独創的なデザイン……」
「魔法薬の実験器具なのかもしれません」
「あー! 確かに!」
だとしたらなおさら、ヒビがあるのは問題だろう。
雫はあることを思いつくと、ぽんと両手を鳴らした。
「そうだ。おかゆを作ってみようか」
「オカユ、ですか?」
「土鍋のヒビには、おかゆを炊くと糊状のご飯でヒビがふさがる、って聞いたことあるんだよね」
「花瓶でご飯を」
「……不味いかな」
「やってみたらいいんじゃないかな」
背後からの唐突な声に雫は飛び上がった。一方メアは「おかえりなさいませ」と頭を下げている。
そこにはいつ帰ってきたのかエリクが立っていて、サザエの花瓶を覗き込んでいた。
雫は挙動不審にうろたえる。
「エ、エリク」
「尿瓶でご飯を炊くとヒビが埋まるの? 面白いね」
「いえ、普通花瓶でご飯は炊かない……って尿瓶!?」
「そう」
「…………」
この独創的な花瓶はどうやら花瓶でさえなかったらしい。
呆然となった雫に、エリクは
「妹からのもらい物。使ったことはないけど」
と付け足したが、その時既に彼女の意識は明後日の方にいってしまっていたという。

尿瓶のヒビは後日メアが職人を探して直してもらった。