届くことのない説教

mudan tensai genkin desu -yuki

城の庭にはその日直線的な日差しが降り注ぎ、周囲はむっとするような暑さに包まれていた。
あちこちに植えられた木々は陰を作り、うだるような蒸し暑さを視覚的に緩和しているが、太陽は一向に勢いを緩めようとしない。
気の遠くなるような陽気のせいか人影の見えない庭を、しかし軽装の青年は一人、暑さに表情を変えるわけでもなく悠々と歩いていた。
城の建物から建物へ近道しようとする彼に、背後から若い女の声がかかる。
「殿下、セファス殿下」
かぼそい声は青年と異なり、日差しのせいで掠れているようにも聞こえた。
セファスは足を止めると振り返る。屋根のある回廊からドレス姿の令嬢が駆け寄ってくるのが見えた。
その顔に見覚えがあった彼は内心で冷笑を浮かべる。
彼女は彼にたどり着く数歩手前で足を緩めると、息を整えながらにこやかに笑った。
「殿下、お久しぶりで御座います。わたくしのこと、覚えてらっしゃいますでしょうか」
「ええ、勿論。グナル家のご令嬢でしょう」
「アディと、お呼びください」
甘えるような視線を投げかけてくる娘に、セファスは表面的には麗しい笑顔で返した。
彼が再び歩き始めると、その隣をアディはついてくる。
「殿下、今日はお一人でいらっしゃいますのね」
「ええ。しかしそう珍しいこととは思いませんが」
「そうでしょうか。わたくしが拝見していると、よくあの娘と一緒におられるようですわ」
女の声に詰るような響きが混じる。
アディが誰のことを言っているのか、何を言いたいのか、察したセファスは、隣を行く彼女をじっと見下ろした。
彼女は少し男の視線の強さに怯んだものの、頬を赤らめて彼を見上げる。媚を多分に含んだ視線に、彼は優しい微笑で返した。
「あれとは幼い頃からの付き合いですから共にいることもありますが、最近は合わないと思うことの方が多いのですよ」
「まあ」
「やはり価値観のあわない人間といても面白くありませんからね。
 貴女や……イローヌ家のご令嬢と話をしている方が僕も余程楽しいですよ」
耳に甘い呟きに、アディは喜色を浮かべかける。
だが彼女は素直に喜ぶよりも共に挙げられた名前の方が気になるらしい。顔を斜めにして男に探りを入れた。
「殿下はイローヌの娘のどういったところがお気に召しておられるのかしら」
「そうですね。たとえば―――― 」



若い娘たちには美しい顔立ちと柔らかな物腰で知られている王太子。
だがその本性を知る者は決して少なくない。彼らの筆頭とも言える弟レーンは、それから一月後、苦い顔で兄の私室を訪ねた。用件を問うセファスに伝え聞いた話を告げる。
「貴族の娘二人が何だかお互い揉めあってえらい面倒ごとになってるんだとさ。
 陰湿な嫌がらせとか風評とか……とにかく醜い争いになってるらしい」
「ああ、なるほど」
「兄上がぶつけあわせたんだろ?」
呆れ顔でぼやく弟に、セファスは声を上げて笑い出した。父親よりも柔らかな眼差しに、侮蔑の色を浮かべて彼は嘲る。
「ああいう娘たちは敵に齧りつくことを躊躇わないからね。そんな動物の相手をジウにさせたら可哀想だろう?」
「そのおかげで家同士の争いにまでなりかけてるけどな。もっと他にやりようあっただろ」
レーンが皮肉げに窘めると、その兄は悪びれることなく鼻で笑った。セファス長い足を組み、膝の上に右手を乗せる。人差し指が真っ直ぐに天井をさした。
「僕はね、レーン。競争相手を追い落とすことを悪いとは思わないよ。男であっても女であっても好きにすればいい。
 だがそれさえ上手くやれずに醜く露呈する人間は論外だ。
 優雅に人知れず邪魔者を排除出来るほどの女なら―――― いつでも喜んで妃にしてやろう。僕が上手く使ってやる」
「…………うわ」
大陸屈指の為政者二人を両親に持つ王太子は、弟の目から見ても充分に悪辣である。
レーンは正面からの忠告を諦め「ほどほどにしとけよ」と退出すると、後日ジウに件の争いについて密告した。

幼馴染からの説教を二時間、セファスが喜んで聞いたことは言うまでもない。