黄色の攻防

mudan tensai genkin desu -yuki

特に空腹だったというわけではない。
ただ、目の前にあると無意識のうちについ手を伸ばしてしまうのだ。
故郷の日常を思わせる籐の籠。そこに積み上げられた柑橘類のデウゴを、雫はまた一つ手に取る。
何となく手元に広げた資料の写しを見ながら、彼女はそれをむきむき剥いた。甘酸っぱい果肉を口の中に放り込む。
無言のままどんどん剥かれていくデウゴ。
同席していたエリクがそれに目を留めたのは、籠の中が半分くらい空になった時のことだ。
彼はおやつを食べながら資料を精読している妻を指して、指摘する。
「黄色くなってるよ」
「え、何がですか?」
「手」
端的な説明に雫は一瞬沈黙した。
そして我に返った彼女はまじまじと両掌を見やると……「なんだってー!」と驚愕の叫びを上げたのである。

「し、しまった……ミカンじゃないからいいやって油断してました……」
「ミカンって何」
「私の世界で広く親しまれていた柑橘類の果物です」
実家で暮らしていた頃は、炬燵の上の蜜柑は家族五人で分け合って食べていた。
だからこそ雫も油断して目の前の籠からデウゴを取り続けていたのだが、問題は同席しているエリクはまったくそれに手をつけていなかったという点である。
必然的に一人で黙々とデウゴを食べる、ということを一週間ほど続けていた雫は、黄色くなってしまった両手にようやく気付いて頭を抱えた。
「すんごく黄色いですよ!」
「黄色いね」
「もともと肌の色が違うのに更に!」
「そうだね」
「私とエリクが並んだら目玉焼きみたいに見えませんか? 黄色と白で」
「目玉焼きを模すなら最低でもあと僕が四人は欲しいな。面積比的に」
脱線し、崖下に転がっていく会話。
しかしそれは彼らにとって比較的いつものことであったので、雫は気にもしなかった。
彼女は新たなデウゴを手に取ると、それを剥き始める。
「まだ食べるの?」というエリクに、彼女は皮を剥いた果肉を差し出した。
エリクは何の疑問も挟まずデウゴを受け取って口の中に入れる。
更に雫は小さな皿を取ってくると、そこに皮を剥いたデウゴを溜め始めた。
「こうしましょう。私の二倍、エリクもデウゴを食べる。これでいつか肌の色が追いつきます」
「なるほど? でも肌の変色には限界点があるんじゃないかな」
「真っ黄色でお揃いですね。玉子焼きです」
「一色なら増員は不要だ」
黙々とデウゴを食べる二人。
いつの間にか転がりきってしまった会話に、彼らはそれぞれの勉強に戻ると、居間には静寂が取り戻されたのだった。