青い風

mudan tensai genkin desu -yuki

ファルサスの西、何処の国でもない荒野には、魔女の青い塔が立っている。
魔法仕掛けで動く試練の塔。あらゆる難関を乗り越えてその最上階に至った者は達成者と呼ばれ、魔女が願いを叶えてくれるという。
―――― それは、御伽噺のような真実の話だ。

「さて、準備はこれでいいですかね」
己が塔の前、ティナーシャは最上階に置いてあった荷物を全て運び出し、青い塔を見上げていた。
その傍らには彼女の夫が立っていて、膨大な魔法具の山を物珍しそうに見ている。
これらは全て普通の人間の手に渡るには危険すぎるもので、それに数少ない魔女の私物なども加わって、山は混沌の様相を呈していた。
魔女はこの場にいない使い魔に命じる。
「いいか? リトラ。そろそろ始めろ」
その声への返答はオスカーには聞こえなかったが、受諾以外為されることはないのだろう。
塔を見上げる彼の視界の中で、青い壁は最上階からみるみるうちに解体され始めた。
まるで糸を解いていくかの如く低くなっていく塔を、男は感心の目で見やる。
「あっという間だな。建てた時もこんなだったのか?」
「そうですよ」
「ふむ。暗黒時代の技術ってのは凄いものだな。こんなぽんぽん建物が建てられるなら戦争もなくならないだろう」
直接には知らない遠き時代への慨嘆に、当時を知るティナーシャは苦笑した。
「いえ。確かに魔法建築理論が作られたのは暗黒時代ですけど、これ実践されたことはほとんどなかったんですよ」
「ないのか? 勿体無い」
「必要魔力が膨大な上、構成が複雑ですからね。百人宮廷魔法士を集めて何年も準備させるより、普通に建てた方が安いです」
自分を範疇外として説明する魔女に、オスカーは納得して頷く。
確かにこれだけの技術が広く普及していれば戦乱の時代はより混沌となっていたに違いない。
いくら破壊されても即直る塔を、常々不思議に思っていたオスカーは、その謎が解けてすっきりとした気分になった。雑多な荷物の山と解体されていく塔を見やる。
「先に荷物を運んでからやればよかったんじゃないか?」
「残念ながら、新しい屋敷を建てるのにもリトラが必要なんですよ。こっちを先に解体して任を解かないと駄目です」
「それは大変な引越しになりそうだな」
「転移で何とか……」

三十分ほどかけて青い塔は全て解体され、後には荒野だけが残された。
今はファルサスの領土となった土地。故国の景色をティナーシャは茫洋と眺める。
かつてこの塔を建てた時、彼女は一人だった。
それが今、夫と共に塔を去るのだから、人の運命というものは先が読めない。
彼女は嘆息すると隣の男に腕を絡める。
「では、新しい家を建てに行きましょうか」
「荷物忘れるなよ。一つでも取りこぼしたら問題がおきそうだ」
「もう半分くらい海の底に沈めちゃいましょうかね……」
「おかしな事故が起きたら対処できないからやめとけ。俺がちゃんと運んでやる」
笑いながら新しい生活を語る二人。加えて使い魔と積み上げられた荷物は、次の瞬間全て転移門に飲まれて消えた。
広がる荒野には乾いた風が吹いている。
だがそれは遥か遠くから新たな時代を呼ぶ、青い匂いの混ざるものだった。