見慣れた貌

mudan tensai genkin desu -yuki

王族たちの幼馴染であり、教育係の娘でもあるジウ。
彼女は整ってはいるが愛想のない中性的な容姿と、固く説教くさい性格で知られている。
もっとも、若干十五歳の彼女だ。まるで鉄のように真面目くさった顔も、崩れることがないわけではない。
だが彼女はその表情を滅多に家族以外に見せず、結局若くして筋金入りの鉄面皮という印象が固定されつつあった。



少年の長い足は悠然と組まれ、その膝上には数枚の書類が乗っている。
彼はそのうちの一枚を取り上げながら、目の前に立つ少女を見上げた。
「ジウ、もうすぐアイテア祝祭があるね。一緒に見て回ろうか」
「……先々週から何者かの刺客が増えております。今回はどうぞ城をお出にならぬよう」
「それじゃあ、つまらないじゃないか」
底が抜けているかのようなセファスの返答に、ジウは一瞬黙り込んだ。
笑みの欠片もない硬質の表情。少女は一呼吸置くと言い直す。
「お断りいたします。もし殿下が城にいらっしゃるということでしたらお付き合いいたしましょう」
「それじゃいつもと変わらないじゃないか」
今年十七歳と十五歳。幼い頃からの付き合いである二人の会話は、基本平行線である。
今回もそれは例外ではなく、ジウはどれほど言っても自重しようとしない相手を前に、発言自体も放棄しそうな表情になっていた。
セファスは少女の鉄面皮を前にくすくすと笑う。
「大体ね、ジウ。誰が僕を殺せるというんだい?
 そんなことが可能だと思っている馬鹿を恐れて、好きなことが出来ないなんて御免だね。
 どうせあと二、三年もすればもっと立場的に動きにくくなるんだ。そんなの退屈だろう?」
「万が一、ということがございます」
「ないよ」
肘掛に頬杖をつき少女を見上げる王太子は、笑んでいる目の奥に剣先のような鋭さを宿しているようだった。
こうなったらどれほど言葉を重ねようとも彼が聞き入れることはない。ジウはそう悟ると頭を下げ彼の前を辞す。
年齢が上がるにつれ、表情を崩すことのなくなった彼女は、だが幼い時よりも一層セファスに手を焼いており、誰もそれを代わることが出来なかった。
彼女は少し考えると、思いついた案を実行に移す為に宮廷内を動き始める。





「だからって僕を巻き込むなよ、兄上……」
城都中が沸き立つアイテア祝祭。
高い青空の下、賑やかな雑踏を縫って、二人の少年が足早に歩いている。
平服を着てはいるが、何処か纏う空気に気品を漂わせる二人は、この国直系の王族であり、無断で城を抜け出してきた王の息子たちであった。
不平を洩らすレーンを、セファスは笑顔で振り返る。
「ジウが捕まらないからね。一人で出かけると問題になるだろう?」
「僕が一緒だったら問題は二倍だと思う!」
たまたま兄に見つかって一緒に城を脱走する羽目になった少年は、それでも祝祭が気になるのかそわそわと気もそぞろであった。
そのような弟の様子に、セファスは微笑する。
「何を言っているんだい? いざって時、誰も僕を止められないと被害が拡大するだろう?」
「……まじで勘弁して」
四歳の年齢差もあってか、レーンからするとセファスを止めることなど不可能だ。
そういう役目はジウか次兄が担って欲しいと心から願う弟を無視して、セファスは歓声の上がる広場へと出る。
しきりと上がる賞賛の声からして、芸人の一座でもいるのかもしれない。彼らは人混みの中を抜けてそちらの方へと進んだ。
レーンは油断なく辺りを警戒しながら兄の後を追う。護身用の長剣を手で確認した。
しばらく前から刺客が相次いでいることは本当だ。このような場所では何処に誰がいるかも分からない。
勿論相手は彼らが城にいると思っているかもしれないが、もし発見されたのならこの好機を逃がしはしないだろう。
だからこそ彼は祝祭を楽しみたいと思いつつ緊張から抜け出せないのであるが、セファスの方は何も気にしてはいないようだった。
結界を張っているとは言え、豪胆にもほどがあるだろう。
色々な意味で図太い王太子は、人垣の向こうに曲芸師を見つけて面白そうに目を細めた。
剣と炎を小道具とする曲芸師は、先ほどから危険な体勢を取って人々を沸かせては、磨き上げられた技術でそれを切り抜けている。
レーンは自分もその様を覗き込むと感嘆の声を上げた。隣で兄が楽しそうに笑う。

だが、広場の注目を曲芸師が一身に集めていられたのもそこまでのことだ。
軽やかな音楽と共に新しい芸人たちが広場に入ってくると、人だかりは二つへと分かれた。
細い笛の音と琴の音。手足につけた鈴を鳴らし踊る舞姫に、いくつもの歓声が投げかけられる。
曲芸を兼ねているのか華やかな化粧に両目を赤い布で覆った踊り手を、レーンは「凄いな」とだけ称した。
彼女は視界が塞がれていることが何の負担でもないように、艶やかな笑みを見せて手足の薄布を跳ね上げる。
文句のつけようがない見事な舞。
しかし、セファスは先ほどとは打って変わって、憮然とした顔でそれを見ているだけだった。レーンはそれに気付いて首を捻る。
「兄上?」
兄の些細な変化を不審に思い―――― だが少年は最後まで問うことは出来なかった。
背後で微かに聞こえた金属音。反射的に彼は短剣を抜きながら振り返る。
長剣を抜かなかったのは、人混みの中であったからだ。
同様にそっと短剣を抜いて彼らを襲おうとしていた男と、レーンは刹那視線をあわせる。
風の速度で突きこまれる相手の剣を、彼は己の剣を以って弾いた。次の攻撃の間を与えず相手の腹を蹴る。
ほんの一瞬の攻防。それは、兄の方側も同様であったらしい。
セファスの背後に近づいていた別の男がその場で崩れ落ちる。振り返った王太子は男の頭を石か何かのように踏みつけた。
あまりの傍若無人にレーンが何か言おうとした時、けれど彼は、兄の更に斜め後方で何かが光ったのに気付く。
黒く変色した短剣の刃。毒刃だと気付いた少年は、迷わず声を張り上げた。
「兄上!」
「なんだい」
セファスは動かない。ただ彼は、不機嫌そうに溜息をついただけだ。
王太子はゆっくりと振り返ると、いつの間にかすぐ背後に立っていた舞姫を見下ろす。
「最初から僕とくればよかったのに、ジウ」
暗殺者の首に巻きついた薄布。
手に持っていたそれで刺客の首を締め上げて落とした少女は、正体を看破されても動揺することなく、ただ赤い布越しに幼馴染を見上げて黙礼した。



後から広場に入ってきた芸人の一座は、全員が宮仕えの人間で構成された、いわば刺客を捕らえる為の人間たちだった。
王の子たち本人には内密で準備されたそれらを、しかしセファスは一目で見抜いたらしい。
まったく気付かずへこんでいるレーンをよそに、広場から離れた場所に移ったセファスは、目を覆う布を解いた少女を手招きした。
華のある化粧を施し大人にも見えるジウは、だが先ほどまでの笑顔が幻のように無表情で王太子の前に立つ。
細い足にまとわりついている薄布をセファスは冷ややかな目で見やった。
「実に可愛らしいね。その分不愉快だ。こんな格好を衆目に曝して」
「殿下が私の忠告を聞いてくだされば、私もこのようなことをせずに済みました」
「言うね。なら城に戻ったら君は僕の為に踊ってくれるのかい?」
「このまま直行でお帰りになるのでしたら」
愛想のない駆け引き。
十年以上も繰り返されたそれに、けれどセファスは満足そうに微笑む。
そうして彼は少女を腕の中に抱き寄せると、「分かった。その代わり笑って欲しい」と一つ条件を付け加えたのだった。