染み付いた習慣

mudan tensai genkin desu -yuki

今、俺の目の前には、割れた茶器とカップがある。
そりゃもう粉々だ。テーブルの上から落としたからな。直しようがない。
問題は、この二つは俺の奥さんの結婚前からの持ち物だってことだ。多分、大事にしてるんだと思う。正直不味い。
普段は奥さんがお茶を淹れてくれるんだが、たまたまいなかったから自分で淹れようって思ったのが悪かった。
時間が戻ればいいのに……いや、うちの奥さん怖いんだよ。
俺は買い物に出た奥さんが帰ってくるまでの間、これをどう繕うか考える。



案その一、糊でくっつける。

いや、無理だ。粉々になってる部分あるし。第一お湯入れたら即洩れる。ばれる。
そうなったらまず痛い目に遭わされかねない。別案を考えよう。


案その二、似たものを買ってくる。

そんな時間はないな。
というか同じものは多分見つからないだろう。似たものって時点で問題だ。
誤魔化しがばれると余計ひどい事態になる気がする。
割ってしまった事実は隠蔽しがたいからな。


案その三、逃走する。

離縁されそう。これはなしで。


案その四、奥さんが喜びそうなことをして相殺してもらう。

何をすれば喜ぶのかよく分からない。というか笑顔になったところもあんまり見たことがない。
女友達の前ではよく笑っているのを見かけるんだけどな。
エリクもそうだけど俺の周りは何で鉄面皮ばっかなんだ。


案その五、鎧を着込む。

これは今までの中で一番現実的な案だな。
奥さんの怒りは絶対降りかかってくるという現実を前に、対処しようという心構えが見える。
問題はこれを着て謝ったら怒りが五倍になりそうってところなんだが。
命だけは拾えるだろうな。それでいいのかといったら分からん。



さて、ここまで冷静に考えてみたが、そろそろ奥さんが帰ってくる頃だ! 覚悟を決めるか!
とりあえず剣を用意しておくべきか否か、悩んだところで家の扉が開く気配がする。
俺は色々諦めると、テーブルの上に並べた破片を前に、頭を下げて待った。
十数秒後、軽い足音と共に呆れたような声がかけられる。
「何してるの?」
よし、予想通り冷たい声だ。いつも大体冷めた声なんだが。
それには慣れきってる俺は、頭を下げたまま申告した。
「すまん! お前の茶器とカップ手が滑って割っちまった!」
「何やってんの」
顔を上げると、奥さんは買い物袋を抱えたまま割れた破片を手に取ってた。
何の模様もない白磁の欠片。それ自体、こいつのあっさりした性格を象徴してるような気もする。
奥さんは破片を元通りテーブルの上に戻すと言い放った。
「ちゃんと片付けておいてよ。後で新しいの買っとくから」
「すまん!」
反射的にもう一度頭を下げた俺は―――― だが予想していた攻撃がこないと分かって拍子抜けした。
そっと顔を上げてみると、奥さんは買ってきたものを保管庫に入れ始めている。
まるで破片に見向きもしない態度に、俺はつい念押ししてしまった。
「それだけ?」
「何よ。あなたが新しいの買ってきてくれるの?」
「あー、うん。買ってくる」
「忘れないでよね」

―――― ちょっと意外だったが死は免れたみたいだな!
鎧着なくてよかった。なまじ着てたら派手な戦闘になっていたかもしれん。
俺はひやっとしていた分、気の抜けた思いで破片を片付け始めた。
後で剣の手合わせした時、妙に殺気がこもっていたのは気のせいと思いたい。怒ってないんだよな? ユーラ。