貴重な情報

mudan tensai genkin desu -yuki

マーリア・ヤグ・セルソは、滅多にキスクの宮廷を訪れることはない。
それは彼女がセルソ家という、キスクの王位継承権を持つ家柄の出身であり、また女王の排斥を狙った人物の血族であるがゆえのことだ。
今は女王に重用される臣下の妻としてキスク城都にて暮らしているマーリア。
自分の立場を弁え、夫の不利になるようなことは決してしない彼女が、その日呼び出されたのは―――― 何故かファルサスの宮廷だった。
勿論ニケはそのことを知らない。

「へえ。君がね。なるほど。面白いね」
「殿下、失礼ですよ」
椅子に座ったまま尊大な態度で彼女を見上げてくるファルサス王太子。
すぐ下の弟と似ていなくもない秀麗な顔立ちの少年に、付き添って苦言する少女はマーリアの顔見知りの人間だ。
ジウは溜息を一つつくと、マーリアに向かって謝罪する。
「突然申し訳ありません。殿下がどうしても―― 」
「興味があった。『彼』をわざわざ指名した女がいると聞いてね」
「それは……お耳汚し失礼いたしました」
表情に困っているのだろうマーリアは、しかし微苦笑を浮かべると柔らかい物腰で一礼した。
如才ない態度にセファスは楽しそうに目を細める。
「随分年が離れているが、それは構わなかったのかい? 何がそれ程気に入ったのか聞きたいね」
「殿下、下世話です」
「だって面白そうじゃないか」
顔を見合わせる子供たちに、マーリアは内心目を丸くした。
ここに来るまで一体ファルサス宮廷が自分にどのような用事があるのか、幾通りもの可能性を考えていたのだが、それは単に王太子の暇つぶしの為であるらしい。
彼女はふっと微笑み直すと、当たり障りなく、だがセファスの気分を損ねぬよう答を選ぶ。

王太子からの質問は過去のことから現在まで、そして私生活から宮廷事まで多岐に及んだ。
それらの全てに、情報を与えすぎるということもなく、当たり障りない返答をしたマーリアに、セファスは笑顔を向ける。
「なかなかやるね。彼の奥方として埋もれさせるには惜しい人材だ」
「勿体無きお言葉ありがとうございます」
「では最後に、君から見てイルジェとエウドラはどう思う? 上手くやれているかい?」
―――― それは、口調と表情自体は他の質問とまったく変わりがないもののように見えた。
だがマーリアは王太子の瞳の奥に、弟妹たちを心配し、率直な意見を聞きたいと考える兄の貌を見出す。
夫からは「気紛れな性悪」としか聞かない王太子。
そのような彼の別の姿に、マーリアは僅かに瞠目した。ジウがそれに気付いたのか微かに表情を変える。

次代を担う子供たち。彼らの行く道は複雑で、だが互いを思う心に満ちている。
そしてそれは、とても幸福なことなのだろう。
マーリアはそうは在れなかった大人たちを思い軽く目を伏せた。感傷を押し殺すと微笑んで頭を下げる。
「両殿下とも素晴らしい方たちでいらっしゃいます。キスク王族としてお二方より相応しい方はいらっしゃらないかと」
「そうかい。―――― ああ、君も子供を生んだら連れておいで。覚えておいてあげるから」
「光栄です」

一時間ほどで終わった面談は、和やかな雰囲気のまま終わりを告げた。
マーリアは夫の名誉を守り、私生活に踏み込んだ内容については上手くかわして帰っていく。
けれどその直後、時間差で呼び出されたニケは「色々聞いたよ」とセファスに鎌をかけられ、結局冷や汗を流すことになった。
追い詰められた彼が墓穴を掘ったか否か、それは明らかにされていない話である。