微笑ましい進歩

mudan tensai genkin desu -yuki

始まりは他愛もない会話だった。
あまりにも料理が出来ないカタリナに、アージェとケグスが白い眼を注いだ際、彼女があっけらかんと問うたのだ。
「誰にでも得手不得手ってあるじゃん。それとも二人は、女の子は料理が出来た方がいいって人間?」
「阿呆か。性別は関係ない。当番なのに変な物を作られたら困るだけだ」
ケグスは彼女から取り上げた杓子を手元でくるくると回す。アージェはその意見に頷いた。
「まぁそうだよね。俺の妹の方が、もうちょっと料理上手だったな」
「少年は妹好きすぎる!」
「…………」
憮然としたアージェの隣に座っていたのは、遊びに来ていたレアである。
彼女はそっと彼の顔を窺い、聞いた。
「ア、アージェは、料理が出来る子の方がいいの?」
「ん? ケグスと一緒。性別は関係ない。出来るにこしたことはない」
大して深く考えず、思ったままを答えたのだが、少女の顔は一瞬強張ったように見えた。
そしてその様子にそれぞれ微妙な視線を送る大人二人とは別に―――― アージェはこの先一体どうなるのか、まったく分かっていなかったのである。

レアが再びやって来たのは、彼らが町を移った一週間後のことだ。
自習をしているアージェのところに現れた彼女は、小さな平たい箱を携えており、それをおそるおそるアージェへと差し出す。
「何これ」
「りょ、料理を習ってみて、それで……」
「あ、実験台?」
酷い言い様であり、いささか的を外れていたのだが、少年はレアの顔が引き攣ったことに気付かなかった。渡された箱の蓋をそっと開けてみる。
アージェ自身は料理の出来る方だが、凄く得意という程でもない。
その為彩りに気をつけるなどということはしたことがないのだが、それを差し引いても箱の中身は凄かった。
アージェは一面黄色の何かを、まじまじと見下ろす。
「うん……何だろうな、これ」
「うう」
「まぁいいか」
見た目への感想をそれで済ますと、アージェは中から野菜を切ったもの、らしきものを摘んだ。口の中に放り込み、もぐもぐと噛み締める。
息を殺して成果を窺うレアに、ややあって彼は視線を戻した。真面目な顔で問う。
「これ、味見した?」
「し、してない……。あの、教えてくれた人は『大変お上手です』って……」
「それお世辞だと思う」
容赦ない一言でレアは撃沈した。テーブルに突っ伏した彼女をよそに、アージェは同じ色の肉塊に手をつける。
彼はそれも食べてしまうと、首を傾いで腕組みした。
「うーん。レアって良家の人間なんだよな? 普段いいもの食べてるよな?」
「わ、分からない」
「まぁならちょっと」
彼は小さな黄色い塊を串で指す。どうやら何かの根菜らしいそれを、レアの口へと運んだ。
彼女が真っ赤になりながらもそれを食べ始めてから数十秒後、アージェは確認する。
「どんな味?」
「…………変な味」
「そう。味見は大事。―――― 変な味って分かるなら、そのうち上手くなるだろ」
気落ちする少女を、アージェはそう言って慰めた。

律儀に空にされた箱を抱えて帰った彼女は、その後も忙しい合間を縫ってマメに練習し、最終的にはアージェより遥かに料理上手な女性になるのだが、それはまだ未来のお話。