舞い散る恋

mudan tensai genkin desu -yuki

決闘の作法というものは、国によって多少の差異があるものである。
それでも騎士の間では、ある程度共通の作法というものが存在するのだが、アリスティドはそういう細かいことは気にしない人間だった。
城に呼び出され、突然生魚を顔に投げつけられたオスカーは、顔の前で受け止めた魚をまじまじと見やる。
「……何でしょう、これは」
「貴殿に決闘を申し込む!」
「魚……?」
オスカーの隣にいたティナーシャは銀色に光る生魚を見やって首を捻ったが、アリスティドの後に控えていた従者のエルが、疲れ果てた顔で首を横に振っているのに気付くと、それ以上の思考を放棄した。魔女は手を伸ばして夫の手の中の魚を消し炭にする。
まったく意味の分からない状況。その中で盛り上がっているのはアリスティドだけである。
彼は毒気を抜かれている二人を指差し、堂々と宣言した。
「私が勝ったら、ユリア殿はこの国に残って欲しい!」
「嫌です」
「…………」
即答で出鼻を挫かれた。
顔に生魚でもぶつけられたような顔で、アリスティドは肩を落としかける。
王の血を引いているようにはあまり見えないしょげた男の姿に―――― 結局一番同情したのは決闘を申し込まれたオスカー本人だった。
彼は大きく溜息をつくと、頷いてみせる。
「分かった。その挑戦、受けよう」
「オスカー!?」
「まぁまぁ、そう怒るな。最後だから付き合ってやるさ」
「うちの殿下が申し訳ありません……」
青筋を立てる魔女と、大きなザルに生魚の山を抱え頭を下げるエル。
対照的な二人をオスカーは手ぶりだけで宥めた。アリスティドは意気盛んに、背後に並ぶ長剣の数々を指す。
「ならば好きな武器を選ぶといい! どれも名剣だ」
「私が吹っ飛ばしていいですか、あの馬鹿王子」
「ティナーシャ、一応口を慎め。本人には聞こえてないみたいだが」
生臭い匂いが漂う城の一室は、何故か混沌が満ち満ちている。
こうしてアリスティドが申し込んだ決闘は、やめればいいのに(ティナーシャ談)立会い人が多い方がいいということで、城都の広場で行われることになったのだった。





決闘は、場所が場所であるから仕方ないのだが、衆人環視の中で行われることとなった。
不機嫌そうな顔で腕組みするティナーシャは、白いドレスに着替え場の中央に立つ。
そんな彼女に向かってアリスティドは「決闘を行うに至った経緯」と称して、熱い求婚詩を謳いあげ始めた。
遠慮なく両耳を手で塞いだ魔女は、オスカーに向かって囁く。
「何だかレグを思い出すんですが……」
「俺の曽祖父はあんなのだったのか?」
「ユリア殿! 聞いていてくださったか!」
「いえ、まったく」
既にこの時点で、観客から含み笑いが洩れているのだが、アリスティドは気付いていないようである。
周囲から注がれる「まーたアリス様は馬鹿やってるなー」という温かい視線を一身に受けて、彼は長剣を抜いた。
オスカーは妻を下がらせると自身も剣を抜く。



生魚の投擲から始まった決闘は、オスカーが慈悲心を出してそれなりにアリスティドの剣を受けた後、彼の剣を落として決着がついた。
民衆から見れば見応えのあるいい勝負、だが見る者が見れば力量差が明らかな戦いは、アリスティド周りの人間の涙を強く誘う。
最後に去っていこうとするティナーシャの手の甲に口付けようとした彼は、生魚で頬をはたかれて拒絶された。
しかし、それでも「振られた」と思わない辺りが彼の強みであると―――― 思いつつもエルは、しばらくの間恥ずかしさに立ち直ることが出来なかったのである。