抱きとめた桶

mudan tensai genkin desu -yuki

「ニケ、結婚おめでとう!」
底抜けに明るい声は、彼女がまだ十代だった昔には、恒例だったものである。
有無を言わせぬ勢いを有し、彼に面倒ごとをもたらしていた声。
それを久々に聞いて、ニケは嫌な顔になった。
廊下で自分を呼び止めた彼女を、冷めた目で見返す。
「何だ、何処から聞いた」
「陛下から」
その答にニケは少なからず安堵した。
これが彼女の息子からの伝達であったのなら、あることないこと吹き込まれている可能性もあったのだ。
その点オルティアであれば、事実しか話すことはないだろう。
苦い顔にならずに済んだニケは、軽く頷いて返す。
「ああ。それがどうした」
「これ、お祝い」
そう言って差し出されたものは、ちょっとした壷なら入りそうな大きさの箱である。
ニケは雫が両手で抱える木の箱を、胡散臭いものを見る目で眺めた。
「何だそれは」
「漬物樽」
「……何だそれは」
前から頻繁に意味の分からぬことを言う人間であったが、今回もやっぱり分からない。
ニケは箱を受け取らぬまま踵を返しかけた。そこに雫の手が伸びる。
「まぁ待って。最後まで聞こうよ」
「服を引っ張るな! 伸びる!」
「漬物樽は一家に一つの必需品だよ。ちゃんと説明書もつけたから」
「それを何処で買ったか言ってみろ!」
「…………特注で作ってもらった」
目を逸らして答える雫に、ニケの視線の冷たさは氷点下にまでなった。
彼は木の箱を、上司が部下をいびるようにぽんぽんと叩く。
「必需品が特注でないと手に入らんのか? え? どうなんだ?」
「わ、私の心の中では必需品なんだよ!」
「それを人の家に持ち込もうとするな! 馬鹿かお前は!」
どちらも女王の側近であり、重鎮と言える二人。
その二人が木の箱を挟んで言い争っている光景は、通りすがる女官たちが思わず目を逸らすくらい異様なものだった。
雫は大きく溜息をつくと、箱を押し出す。
「とにかく持って行って。折角名前入りで作っちゃったし」
「そんなものを持って陛下のところへ行けるか!」
「あ、じゃあ屋敷に届けとく」
これで解決と言わんばかりに頷いた雫を見て、ニケはここが妥協のしどころかと判断した。
得体のしれないものでも、名前まで入れて作ってもらったものを受け取らないわけにはさすがにいかない。
何に使うのかはまだ分からないが、説明書がついているというのなら妻が何とかするだろう。
ニケは書類を抱えなおすと「ならそうしておけ。悪いな」とその場から立ち去る。

後日彼の屋敷には、雫の息子が笑顔で漬物樽を届けに来た。
癖の強い性格の少年によって、色々な話を新妻に暴露されたニケは「やっぱりあの場で受け取っておけばよかった」と激しく後悔したという。