射抜く矢

mudan tensai genkin desu -yuki

キスク宮廷において、女王の二人の子供は普段母親から「無闇に魔法を使うこと」を禁じられている。
それは、半分は魔法大国の王家の血を継ぐ彼らが、自身の立場を弁えられるようにとの意図によるものであり、また安易に自分の欲望を満たしてはならないという戒めを込めたものだった。
実際彼らは、毎日魔法の講義を受けているが、滅多にその生活において魔法を使うことはない。
それは我侭な末娘であっても例外ではなく、彼女は母親に叱られることを恐れて、あまり魔法を多用しないように努めていた。

よく晴れた日の午後、城の中庭で草の上に座りながら、エウドラは一本の木を指差す。
「ねえ、あのアルニの実、そろそろ食べられそうじゃない?」
「そうですね」
傍で本を広げていたシスイはやる気ない相槌を打った。
彼女の発言に対する彼のやる気のなさはいつものことではあったが、エウドラは懲りもせず振り返って幼馴染を睨む。
「あれが食べたいわ」
「もう少し熟れれば落ちてくるのでは?」
「その前に鳥につつかれちゃうわよ! 私は今食べたいの!」
「うわぁ」
シスイは「また姫の我侭が始まった」という表情になると、開いていた本を閉じた。ようやくエウドラの指差す木を見上げる。
子供たちからすると非常に高い枝。しかもその枝は細く、今は小さな実をいくつもつけてしなっている。
「あれ、上っても枝ごと落とさないと取れなそうですよ。幹以外に捕まったら折れます」
「そこを何とかなさいよ!」
「そんな無茶なー」
世の王族の中には無茶無理を聞かない人種というものも存在するらしいが、少なくともエウドラは「そう在ってはいけない」と教育されている。
だからこれは、幼馴染への甘えであり我侭なのだろう。
彼女の無茶な要望に慣れきっているシスイは、しばらく腕組みをして問題の木を眺めていたが、やがて
「無理ですね」
ときっぱり言った。
「そこを何とかするのがあなたの役目でしょう!?」
「いえ、僕は姫のおもりじゃなかったと思うんですが」
「似たようなものよ! でももういいわ! あなたには頼まないから!」
肩をいからせて立ち上がったエウドラは、振り返ることもせず木の下へと歩いていく。その後をシスイが追った。
彼女は薄黄色の実が真上に見えるところにまで来ると、周囲を見回す。シスイの他に誰の姿もないと判断すると、おもむろに両手の中に構成を組んだ。
そうしてふわりと浮き上がった王女を―――― けれどシスイは、笑顔のまま留める。
「駄目ですよ、姫」
「ちょっと! 襟首を掴まないで!」
「私欲で魔法を使ったなんて分かったら陛下が悲しまれます」
「だったら黙ってなさいって!」
子犬のように喚くエウドラの襟首を掴んだまま、シスイはずるずると元の場所に戻っていく。
引き摺られる王女の体は軽く、「靴が壊れるわ!」と苦情が飛ぶと、彼はエウドラを抱き上げた。
すかさずシスイの髪を掴んで引っ張るエウドラを、しかし別の人間の声が窘める。
「何をやっている? エウドラ」
「イ、イルジェ」
「姫はアルニの実が欲しいんだそうです」
「ああ」
現れた王太子は、黄色い実の生る大樹を見上げたが、彼の身長でも手が届きそうにない。
イルジェは頷くと背に負っていた弓矢をシスイに渡した。
「許可する。射落とせ」
「かしこまりました」
短いやり取りにもっとも驚愕したのはエウドラだった。
彼女は目を丸くして、弓に矢を番える幼馴染を見やる。
今まで彼女の知るシスイはというと、本を読んだり料理をしたり植物を育てたりするばかりで、武器を振るっているところなど見たこともない。
唖然としてしまった妹に、イルジェは「弓なら俺より上手い」と付け足した。
その言葉を証明するように、シスイは黙々と三射して四つの実を落とす。
その全ては果実自体ではなく、枝との継ぎ目を狙って射られていた。
実と矢を拾ってきたシスイは、エウドラの手の中にアルニの実を差し出す。
「これでよろしいでしょうか、姫」
「……ありがと」
果実が欲しかったのは確かだが、何だか気勢を削がれてしまった。
エウドラは両手に四つの実を抱えると、弓を返す幼馴染にぽつりと問う。
「どうして普段武器を使わないの?」
「使えないと思われていた方が、いざという時有利ですから」
「それだけ?」
「姫が魔法を禁じられている理由と同じです」
エウドラ本人も知らされていない魔法禁止の理由。その一端に触れられ、遊びたい盛りの少女はきょとんとする。
しかしすぐに彼女は唇を曲げると、「そういう時は、ちゃんと私を守って頂戴」と、幼い矜持を窺わせる目で兄と幼馴染に告げたのだ。