久遠の継承

mudan tensai genkin desu -yuki

血を継ぎ、精神を伝えていく。
代を重ね、思いを重ね、新たな時代を生み出す。
そこに在る感情は、単一のものでは決してありえないだろう。
ロザリアは激痛の中、ふっと訪れた空白に息を吐き出した。
心配そうに覗き込んでくる女官。彼女たちの頭越しに、王妃は淡い緑の天井を見上げる。
「おかあ、さん……」
自然と零れた呟きに、誰よりも驚いたのはロザリア自身だった。
娘として育てられた年月。母がどれだけ自分の為に心血を注いできてくれたのか―――― 彼女は今この時になって、ようやく実感と共に理解出来るようになったのだ。
辿りついた産室。ロザリアは万感の思いで母の名を呼ぶ。

自分の母親が「魔女」であると知ったのは、記憶にも残っていない子供の頃だ。
森の奥にある一軒屋。そこで両親と共に暮らしていた彼女は「魔法を使える女」は皆「魔女」なのだと信じて疑っていなかった。
だから彼女は、自分もまた魔女であると思っていたのだ。
その勘違いが正され、「魔女」が大陸に五人しかいない存在だと知ったのはいつのことだろう。
自分がその時何歳であったか、ロザリアは覚えていない。ただそう教えてくれた時の母の顔は今でもはっきりと思い出せる。
苦渋と誇りが混じり合った表情。だが彼女は、そんな母を綺麗だと思った。

魔女の娘でありながら、ファルサス王家へと嫁ぐ煩悶。
初めて王妃として新しい年を迎えた時、儀式酒を飲む手が酷く震えたことを覚えている。
常に問われるものは覚悟か矜持か。
ただあの酒を飲み干した時、彼女はついに体の内から自分もファルサス王家の人間になったと、そう思ったのだ。
そうして身篭った王の子供。
王家の血と魔女の血、両方を受け継いでいく子は―――― はたして己の血に何を思うことになるのだろう。
今はまだ、想像することさえ出来ない。

「王妃様……」
「大丈夫、です」
意識があるか否かを問う声に、ロザリアは頷いて返す。
再び強くなる腹の激痛。彼女は浅い呼吸を繰り返した。誰かが痛む腰を押さえてくれているのが分かる。
まるで心身を引き裂かれるような苦痛を、けれどかつて母も乗り越えてきた。
幾つもの苦悩と喜びをないまぜにして、彼女たちは次代となる子を産み落とすのだ。






途切れ途切れになっていたものは意識ではなく、記憶のようだった。
気がついた時、ロザリアの横には夫がいて、その腕には生まれたばかりの赤子が抱かれていた。
けたたましい泣声に彼女は微笑んで手を伸ばす。
「目を、見せて」
「ああ」
継がれていく血と精神。
刹那期待したものは、一体何であったのだろう。
だが茫洋としたそれが形になる前に、ロザリアは赤子の瞳を見た。
ファルサス王家に顕著な青の双眸。日が沈んだばかりの空に似た青を、彼女はじっと見つめる。
自然と溜息が零れ、ロザリアは微苦笑した。目を閉じた瞬間、あの日の母の顔が思い浮かぶ。



肉体を分け、精神を与え、生まれた子と共に歩んでいく。
そこに在る感情は、決して単一のものではあり得ないだろう。
母は母として迷い、だが子供の手を強く引いていく。
彼女はようやく、そのことを知った。



「ありがとう」
小さな呟きと共にロザリアは涙を流す。
それは母へのものとも子へのものともつかぬ、ただ感謝の言葉だった。





魔女の血を引いて生まれた子供。
彼は、後に「魔女の時代」の幕を引く王となる。
その運命を皮肉と思うか否か。
ただ、彼女たちの血は今もひそやかに受け継がれている。