封じた語彙

mudan tensai genkin desu -yuki

ファルサス第三十代国王ラルスと、彼に雇われている学者のヴィヴィア・バベルは、あまり仲がよくない。
それは二人の生まれ育ってきた環境と立場と、それによる考え方が違うのだから当然だ。
この日も彼らは執務室を舞台に、険悪な視線を衝突させていた。
雫は冷ややかな声を上げる。
「ですから、お遊びにも限度があると申し上げてるんですよ。デウゴを大量にぶつけあったら死人が出ます」
「そこまではならないだろ? たかがデウゴだ。ぶつかったらぐちゃっといくだけ」
「なら試しに王様が投げてみて下さい」
机越しに差し出された果実を王は受け取った。
彼はそれを、何もない壁を狙って腕を振りかぶり、振り下ろす。
真っ直ぐ空を切って飛ぶ黄色い塊は、内臓に響く重い音を立てて木の壁へとめり込んだ。
そのままなかなか落ちてこないデウゴを、雫は氷のような目で見やる。
「こんなの顔に食らったら鼻が折れますよ」
「全員が鉄兜を被ればいい」
「どんな祭りですか、それは! こっちの世界トマトないんです! いい加減諦めて下さいよ!」
雫の世界、海を越えた他国にあるというトマトを投げ合う祭りを、この国王はやってみたくて仕方ないらしい。
「トマトがない」と雫が言うと、「ならデウゴで」と返してくる。
「デウゴはトマトよりずっと固いし、食べ物を投げたりしたらいけません!」と、子供たちの教育係として雫は力説したのだが、もともとの情報源が彼女である為、説得力はあまりない。
毎度といえば毎度の平行線を辿る二人は、お互いを白い眼でねめつけた。

三十分近く続く拮抗状態。雫はだがあることを思いつくと、ぽんと手を叩く。
「王様、では妥協点を作りましょう」
「言ってみろ」
「私の国にはセツブンという行事があります」
「ほう」
ラルスが食いついてきたことは、青い瞳を見れば明らかだ。彼女はもったいぶって説明を続けた。
「このセツブンという行事において、主役はただ一人、全身赤いオニです」
「なるほど?」
「この全身の赤さは血とトマトを乗り越えて染まった赤! 人々は彼を打ち倒すべく、更に豆を投げ追撃するのです」
「ふーん。楽しそうだな、そのオニ」
勝った、と。心の中で雫はガッツポーズした。
しかし表情にはそれをまったく出さず、むしろにこやかな笑顔で告げる。
「では王様がそのオニをなさる……というのでもいいですよ」
「よし、豆をデウゴにしてみよう」
「かしこまりました。手配します」
雫は優美に一礼して踵を返す。口の中で「アマイナ」と呟いた。
執務室の扉に手をかけたところで―――― だがラルスが彼女を呼び止める。
「お前、俺がお前の祖国の言葉を、まったく分かってないと思ってないか?」
「…………」
カマをかけられているのかもしれない。適当なでまかせを言っているのかも。
それでも雫は歪んだ笑顔で凍りつき、蛇に魅入られた蛙のように冷や汗をだらだらと流す羽目になった。
事の真偽は結局明らかになっていない。