些細な齟齬

mudan tensai genkin desu -yuki

ペンの走る音と本の頁を捲る音だけが、執務室内に響いている。
いつも通りの風景。執務に取り掛かっていた王は、顔を上げると部屋の隅にいる魔女を見やった。
今は本を読んでいる魔女は、彼の守護者としてたまに執務の処理を手伝うこともあるが、それはよほど彼が忙しい時などのみであり、普段はこうして好きなように時間を使っている。
白い魔法着の下のすらりとした足が組まれるのを見て、オスカーは机に頬杖をついた。
「ティナーシャ」
「何ですか?」
「疲れた」
「少し机を離れたらどうです」
本から目を離さぬままのそっけない魔女に小憎たらしさを覚えつつも、彼は言われた通りにした。
壁際に置かれている長椅子に移動し、手足を伸ばす。
半ば硬直してしまった首を捻ると、彼はあることを思いついてティナーシャを手招いた。
「来い来い」
「人を猫みたいに呼ばないで下さい」
「耳掃除してくれ」
「ええ?」
面倒くさいと言い出しそうな声で、彼女はようやく顔を上げた。黒い瞳が男をねめつける。
「そういうのは女官にでもやらせるものじゃないんですか?」
「女官に身の回りのことをさせるのは、あまり好きじゃない」
「変な人ですね……後悔しても知りませんよ」
ティナーシャはぶつぶつ言いながら席を立つと、彼の隣、長椅子に座りなおす。自分の膝の上をぽんぽんと叩いた。
「ほら、見せてください」
「ん」
膝枕の状態になってオスカーが目を閉じると、間を置かずして耳に冷たい何かが差し込まれた。それも複数。
金属棒数本で耳の中を押し広げられているような感触に、彼は後悔しそうな予感を覚える。
「……何してるんだ?」
「耳掃除。固定拡張器具取り付けてから見えたものを転移で消します」
「普通に出来ないのか?」
「見えなかったり取れなかったりすると苛々するじゃないですか。全力ですよ、全力」
「怪我はしたくないんだが……」
「大丈夫です。レグの鼓膜を破った時に学習しましたから」
「…………」
色々と言いたいこともあったが、彼女が乗り気になっているのなら、もうそれでいいだろう。
曽祖父も生き延びたからこそ彼が生まれたのだ。きっと命には関わらない。
オスカーはそう片付けると、彼女の足の柔らかさを楽しむことに決めた。

しかしそう思ったのも束の間、魔女は「取るものがなくてつまらない」と言うと彼を放り出し、結局二人は休憩も束の間、執務と読書というもとの態勢に戻ることになったのである。