突き立てる焼串

mudan tensai genkin desu -yuki

所属不明、年齢不明、本名は長すぎて覚えられない少女。
―――― レアリアは、何の前触れもなく現れてはアージェに絡むことを趣味としている。ように思えた。アージェ本人からすると。

「で、また来たんだ」
諦め半分の問いかけに、レアは首を上下に振った。だがすぐ不味いと思ったのか、彼女は小さな声で問う。
「じゃ、邪魔だった?」
「別にそんなことないけど」
小さな宿屋の部屋には今は他に誰もいない。ケグスもカタリナもそれぞれの用事で出かけていた。
部屋の戸口で来訪者を迎えたアージェは、振り返ってこじんまりした室内を見やる。
何の変哲もない部屋。アージェたちは三日前から街道沿いの町に宿を取りつつ、休息を取っている最中だ。
ケグスが受けていた仕事も昨日終わり、今日の予定は何もないと言ってよかった。
アージェの言葉に、レアはほっと頷く。
「ごめんなさい。いつも直前にならないと抜けられるか分からなくて……」
「いいけど。レアがいなくて他の奴は困らないのか?」
「多分、何とか……」
自信のなさそうな声は、アージェの不安をいささかに煽った。
だがそれはレアの問題なのだろう。自分が口を出すことではないと少年は判断する。
彼は時計を確認するとレアに問うた。
「俺、昼食べに食堂に下りるけど、レアはどうする?」
「あ、私も行く!」
「了解」

小さな宿屋の中には食堂を有していないところもあるが、ここは幸い一階が食堂になっている。
アージェがレアを連れテーブルにつくと、この三日ですっかり顔見知りになった少女がいそいそとやって来た。
彼と同年齢か一つ下くらいに見える少女は、レアをちらりと一瞥すると、笑顔でアージェに問う。
「何にする? 昨日と同じ?」
「じゃあそれで。レアは何にする?」
何気なく隣を振り返ると、少女は非常に美しい微笑を浮かべていた。
もっとも美しいのは造作、微笑は口元だけで、目は全然笑っていない。むしろ凍り付いていそうな空気にアージェは無言になる。
「レア?」
「……私も、アージェと同じもので」
「はーい」
レアだけでなく、服の裾を翻し厨房に向かった少女も、気のせいか笑っていなかった気がした。
何だか急に周囲の気温が下がった気がして、アージェは辺りを見回す。薄い絹服を着ているレアに問うた。
「寒くない?」
「平気。ありがとう」
固い笑顔。
普段のレアの返答がほわほわした曲線なら、今は氷山の輪郭のような折れ線である。
ひょっとして普通の食堂に、彼女のような上流階級を連れてきてはいけなかったのかもしれない。
アージェが悩んでいると、しばらくして給仕の少女が二つの皿を持って戻ってきた。
鶏肉の上にチーズをかけて焼いたもの。だがそのうちの一つには、何故か鶏の中央に真っ赤に熱された焼き串が刺さっている。
少女は当然のように、焼き串が刺さった方の鶏をレアの前に置いた。
意味の分からなさに沈黙するアージェを余所に、レアは可憐な笑顔で給仕の少女に「ありがとう」と声をかける。

少年本人にはさっぱり理解出来ない無言の争いは、食事が終わり二人が部屋に引き上げたことで一旦終わりを告げた。
夜、帰ってきたケグスにその話をしたところ、何故かアージェは「ばーか」と殴られる。
ともかく以後レアを安い食堂に連れて行かないようにしようと、この一件で彼は決心したが、心配する必要もなく次からレアは弁当持参でやって来るようになった。
少しずつ上手くなっていくレアの料理の腕。それを密かに楽しみにしているとは、彼はまだ誰にも言っていない。