零れ落ちる黒砂

mudan tensai genkin desu -yuki

「で、何で俺がお前に酒奢らないといけないわけ?」
簡単な仕事を一つ終えての翌日。
雇い主のところに行き、報酬や経費の精算を済ませてきたケグスは、酒場のテーブルによりかかりながらグラスを手にぼやく。
その隣にはカタリナが両手で酒瓶を抱きこんでおり、自分のグラスにその中身を注ごうとしていた。
彼女は長い前髪の下両目をしばたたかせると、にやりと笑って返す。
「私に手持ちがないからだよー」
「なら飲むな」
「来月返すから」
そうまで言われて粘られては、ケグスも言い返す気力が湧かなかった。
彼はグラスの中の酒を飲み干すと、カタリナの腕の中から酒瓶を取り上げる。

彼らはアージェも含め、全員旅の資金は自分で出している。
ケグスなどは道中で小さな仕事を受け、それで稼ぐこともあり、またアージェが手伝うなら相応の報酬を払っているのだが、カタリナはどうやら学府から毎月研究費を送付されているらしい。
このように頭の線が一本抜けたような女の何が学府に役立っているのか。
学校に通ったこともないケグスは、胡散臭いものを見る目で隣の女を見やった。
「お前、アージェにちゃんと字、教えてるのか?」
「ちゃんとやってるよー。書くのは苦手みたいだけど読むのは大分出来るようになった」
「そうか」
彼女がアージェに文字を教えることの見返りは、旅路を共にすることである。
すぐに迷子になる彼女からすると、それは充分すぎるくらいありがたいことであるらしいのだが、ケグスは学府の人間から物を教わるという行為が本来非常に値の張ることを知っていた。
自分を旅の護衛として雇い続ける場合の傭兵料とどちらが高いか―――― そんなことを計算しかけて、だが彼は思考を放棄する。
「まぁいいさ。一人面倒を見るも二人面倒を見るも一緒だ」
「ん? 隠し子でもいるの?」
「お前だよ」
間髪入れず返すと同時に、頼んでいた皿が運ばれてきた。
白身魚の蒸し焼きと、甘い水菓子。歓声を上げるカタリナに白い眼を向けると、ケグスはついてきた砂糖壷を手に取る。
そのまま中の黒砂糖を水菓子の上にたっぷり振りかけ始めた男を見て、カタリナは無言になった。
零れ落ちる程に砂糖が振りかけられた水菓子をケグスが口の中に放りこむと、彼女はようやく口を開く。
「私さぁ、何でおにーさんが少年の料理を矯正したいか、分かった気がするよ」
「何だそりゃ」
「いやー、おにーさんもまだまだ子供だね」
「……は?」

昼間から酒を飲み、噛みあわない会話を交わしている二人組。
彼らの旅路は蛇行気味にまだまだ続きそうである。