可愛い不安

mudan tensai genkin desu -yuki

朝起きたら「可愛い!」と叫ばれ抱き締められた。
いくら寝起きのよい彼でも意味の分からぬ事態である。オスカーは僅かに残る眠気の残滓に半眼になった。飛びついてきた妻の頭を叩こうとして―――― おかしなことに気付く。
「……何だ?」
手が小さい。
それだけではなく腕も短い。ティナーシャの頭に上手く届かない。
よく考えてみれば体格もおかしいのだ。
彼の身長からいって、彼女に抱きつかれてその体に埋もれてしまうということはありえない。
オスカーはまじまじと自分の掌を見やった。
どう見ても幼児の手―――― その意味することを悟って、彼は絶句する。夢ならもう一度眠ろうかと思った。
「……で、何でこんなことをしたんだ?」
「ちっちゃい頃の貴方が一度見てみたかったんです」
おそらく魔法を使って彼の外見年齢を弄ったのであろうティナーシャは、心底嬉しそうな笑顔でそう言った。
直後オスカーに激しく頬をつねられた。

普段は基本年齢として二十五歳のまま老化が止まっている彼だが、今回ティナーシャはそれを三歳まで遡らせてしまったらしい。
オスカーはずるずるの上着を引き摺って、妻をねめつける。
「いいから戻せ」
「えええええ。こんなに可愛いのに! 服買いに行きましょう!」
「要るか! 戻せ!」
「やだ」
再び抱きついてきたティナーシャに、オスカーはばたばたと暴れたが体が小さいせいで振りほどけない。
日頃暇を持て余しているらしい魔女は、ぎゅうぎゅうと楽しそうに夫の体を抱き締めた。
額に口付けられたオスカーは、まだ朝にもかかわらず疲れ果てた溜息をつく。
「で、何でこんなことをしたんだ?」
「昨日貴方が言ってたじゃないですか。相手が子供だったら弁えろって」
「言ったな」
「だから実際子供だったらどんな風なのかなーと思いまして」
「言った端から弁えてない!」
「可愛いです」
感情が抑えきれない、と言った様子で彼を抱き上げようとする魔女は、昨日からの不安要素を更に強化しているような気がする。
オスカーは頭痛を覚えつつも、両手を突っ張って何とか抱き上げられることは阻止しようとした。
ティナーシャはその手を取って口付ける。
唯一の主にするような、恋人にするような情のこもった仕草。
だが到底母親のものには見えないその様に、オスカーは乾いた笑いしか洩らせなかった。
「お前、本当に気をつけろよ……?」
「何がですか?」
「記憶がない子供相手にこういうことはするな!」
「分かってますよ」
本当に分かっているのか甚だ怪しい。
ティナーシャはその後しばらく小さな夫を膝に乗せ、散々べたべたと堪能すると―――― 結局は怒られまくってしぶしぶ彼の姿を元に戻したのだった。