憎らしい応酬

mudan tensai genkin desu -yuki

「貴方はいつもお疲れのように見えますね」
久しぶりに訪れた鳥籠。そこで待っていた少女から、苦笑混じりにかけられた声に、アルファスは顔を顰めた。
差し出されたお茶のカップを断って寝台の上に座す。
「別に疲れてなどいない」
「そうですか? 精神的に疲労が溜まってるんじゃないですか? 今はちょうど情勢が不安定な時期ですし」
この部屋に閉じ込められている彼女は、しかし異能の力によって外のことをまるで見てきたかのように言う。
或いはそれは本当に「見てきたこと」なのかもしれない。
アルファスは彼女が監視を欺き、部屋を抜け出すことが出来ると知っていた。
彼は鋭い視線で少女を見上げる。
「お前が何か関わっているのではないだろうな」
「いえ、何も。貴方のことについてもただの推測です」
しれっとした返答。
この少女は時に、彼の顔を見るだけで体調や精神状態などを、《鍵》の数値よりも精密に言い当てることがあった。
まるで見透かされているような不快感を覚えた男は、舌打ちして目を閉じる。隣に彼女が座る気配がした。
「たまには息抜きをした方がよいのですよ。私が勧めるのもおかしな感じですが……たとえば動物を洗ってみるとか」
奇妙な提案に、アルファスが気を抜かれたのは事実である。
彼は目を丸くして、隣に座す少女を見下ろした。
だが彼女はその表情から言って彼をからかっているわけではないらしい。いたって真面目な顔で彼を見つめている。
アルファスは口をつきかけた文句を飲み込み、代わりにしみじみと告げた。
「動物を飼う許可は取っていない」
「あ、そんなことまで許可がいるんですか? 野良とかいないんですか?」
「いない。お前は本当に何も知らないのだな」
愛玩動物を飼うという行為は、主に富裕層の娯楽の一つだ。
勿論それは一般市民でも可能であるのだが、その為には衛生管理局に許可を取らねばならず、更に三ヵ月ごとの報告と審査、納税が別途必要になってくる。
アルファスはそういった手続きを煩わしく思っている上に、職業柄異動も多い。
彼だけではなく一人暮らしをしている軍人で、動物を飼っている人間は少数派であろう。

ティナーシャはそれを聞くと憮然とした表情になる。
「煩い国ですね。ほどほどってものがないんですか」
「お前に言われる筋合いはない」
「じゃあ仕方ないですね……」
少女は深々と溜息をつく。白皙の美しい顔が、その時は何故か蒼ざめて見えた。
滅多に見ることのない緊張の面持ちに、アルファスは内心驚きを覚える。
「どうした」
「わ、私を洗ってもいいですよ……」
「………………」



沈黙は痛かった。というより痛々しかった。
冷ややかを通り越して、氷吹雪が見えるような男の視線に、少女は何かに気付いたのかかぶりを振る。
「待って下さい。誤解があります」
「何のだ」
「言い方が不味かったんです。そういう意味じゃないです」
「他にどういう意味があるんだ」
「いやだから……」
ティナーシャは弁明しようとしているが、弁明の余地はない、というのがアルファスの結論である。
一方少女はしばらく手をばたばたさせていたが、言いたいことが伝わらないと諦めたのか「もういいですよ」と舌を出した。
その表情が小憎たらしくてアルファスは口の片端を上げる。
「この痴女」
―――― ぴしり、と何かにヒビが入るような気配がした。
一瞬硬直したティナーシャは、我に返ったのか美しい笑顔を見せる。
「そういうこと言うと襲いますよ」
「やれるものならやってみろ」
「言いましたね? 異能者舐めてると泣きを見ますよ」
周囲の空気がパリパリと小さく爆ぜているのは気のせいではないだろう。
彼は若干の薄ら寒さを感じつつ、だがそれを表情に出さないよう立ち上がった。
「付き合ってられん。帰る」
「どうぞどうぞ。ストレスで禿げるといいですよ」
子供じみた捨て台詞にアルファスが振り返って睨むと、ティナーシャはまた舌を出していた。
彼は長い手を伸ばしてその頬をつねる。
「いたい!」
「自業自得だ」
「貴方って人は……」
どうしてこうなってしまったのか。険悪な雰囲気は子供の喧嘩のような様相を呈しながら増していくばかりである。
これはいい加減激突される前に退散した方がいい―――― そう判断したアルファスは早々に鳥籠を辞した。

いつの間にか背中に口紅で「馬鹿」と書かれていたと気付いたのは、監視通路を出て大尉に指摘された時のことだった。