残酷な愛情

mudan tensai genkin desu -yuki

妹は、どのような少女よりも美しい。
ファルサス直系の一人であるレーンは、そう心から信じていた。
隣国で暮らす妹を溺愛する王子。
―――― しかしその本性を知らない人間も、意外と多い。



十六歳になるレーンの一日は、兄であるセファスと比べると大分融通が利くものである。
なにしろ次期王である王太子は学ばなければならないことが多く、その為の講義も毎日きっちり決定されているのだ。
一方レーンは、受けるべき講義自体が少なく、その分自由時間が多い。
だが彼は己に与えられた自由時間を遊びに使うということもなく、もっぱら剣の修行にあてていた。
その日も訓練場で昼前から数時間を過ごし、引き上げてきた彼は、けれど城の建物に入る前に一人の少女に行く手を遮られ、足を止めた。
輝くばかりの金髪と大きな翠色の瞳。十人に聞けば十人が「美しい」と言うだろう彼女は、愛らしく微笑んでレーンを見上げる。
「殿下、はじめまして」
「うん? こんにちは」
兄に比べて六倍は穏やかな性格をしているレーンは、初対面の少女にも気さくに返した。
彼女は自分が男爵の娘であると名乗り、彼と話がしたいと婉曲に頼んでくる。
彼女に一体何の目的があるのか分からなかったが、わざわざ来たのだからそれなりの必然性があるのだろう。
レーンはそう考えて、部屋に戻るのではなく彼女と話しながら中庭を散歩することにした。
少女は顔を花のように綻ばせ、自分のことを語り始める。

「それで殿下、その時作らせたドレスが―――― 」
「うん……」
絶え間なく流れる雑談。それはレーンにとって、いささか退屈なものであった。
何か言いたいことがあるのだろうと思って付き合っているのだが、ちっとも話の核心が見えてこない。
少女の会話は装飾品や貴族同士の噂話、流行などについてを行ったり来たりしており、そのどれもにレーンは興味を持つことが出来なかった。長時間訓練に励んでいたこともあって、徐々に睡魔が沸き起こってくる。
眠りそうになりながら半ば惰性で相槌を打っていたレーン。
少女からすっかり意識が離れつつあった彼は、耳元で突然「殿下?」と囁かれ飛び上がった。挙動不審になりながら彼女を見返す。
「う、うん。何?」
「いえ……」
上目遣いで彼を見てくる少女は、レーンが何か言ってくれることを期待しているようだった。
―――― だが、彼はそういう暗黙の機微というものが非常に苦手である。
彼の周りにいる少女というと、きっぱり用件を告げてくるジウか、お願いをぶつけてくるエウドラくらいで、「言わないけど分かって欲しい」という人間とはほとんど接したことがない。
結果レーンは言葉に困って、ただ少女を見つめることとなった。
その沈黙にじれてしまったのか、彼女は拗ねた目でレーンに問いかける。
「殿下……例えばわたくしを、どう思われますか?」
「うん? いや、ドレスとかリボンとか、可愛いと思うよ」
「……それだけでしょうか」
「エウドラにも似合いそう。作った職人はファルサスの人間?」
「……………………」
少女はみるみる顔を真っ赤に変えると、歯軋りしたいような表情でレーンを睨んだ。そのまま無言で一礼し、彼の前を去っていく。
まったく訳の分からなかったひととき。取り残された少年は目を丸くした。



そのやり取りを窓から見下ろし大笑いしていたのは、兄のセファスである。
彼は同じ部屋にいたジウを手招きすると、涙目で弟を指差した。
「まったく駄目な奴だ。あれは当分結婚出来ないね」
「……エウドラ様のことを大切に思ってらっしゃるのだと」
「そんなの当たり前だよ。そこらの女共が足下に及ばないくらいエウドラが美しいなんてことはね。
 でもそれを正直に言うもんじゃないよ」
「左様で御座いますか」
兄たちの無責任な会話は、中庭にいるレーンまでは届かない。
少年はしきりと首を傾げると、結局考えることを諦めたように城の中へと戻っていった。