澱んだ濠

mudan tensai genkin desu -yuki

濠の縁に腰掛け釣竿を垂れる二人の男女。
その男の方は目の前の城の主であり、女の方は彼に仕える学者兼面白係であった。
雫は腕をぷるぷると震わせながら、糸を手元に巻き取る。その先には魚ではなく、木の桶がくくりつけられていた。
彼女はようやく桶を手に取ると、中の汚泥を背後の廃棄槽へと捨てる。廃棄槽に刺さっていた棒で、中をかき回した。
「あー……これもうきりがないですよ」
「弱音か? もう離脱か」
「腕が筋肉痛になりますって」
雫は空になった桶を抱えて濠の中を覗き込む。
いつも深く水が湛えられているそこは、今は申し訳程度にしか水が残っていなかった。
底に溜まり込んだ汚泥を、何十人もの人間が掻き出して運び出している。
年に一度行われる城の濠掃除。二人は今、その掃除に意味の分からぬ参加の仕方をしていた。

「大体、こうやってちょっとずつ汲み出してても全然役に立ってないじゃないですか」
「お前はな。俺はもっとさくさく汲み出せてるぞー」
「腕力差です」
何しろラルスは突然「釣りがしてみたい」と言い出して、現状のようになっているのだ。
たまたま執務室に来ていたからといって巻き込まれた雫はただの迷惑である。
いっそ本当に海なり川なりに行って欲しいと思うのだが、王の多忙なスケジュール上それも難しいらしい。
雫は、ラルスがたっぷり汚泥の詰まった桶を引き上げるのを横目で見ながら、空の桶を下へとおろした。
王は汚泥を廃棄槽へと捨てると、ぼやき声を上げる。
「何だかつまらんな」
「今まで面白かったんですか?」
「きっとあれだな。絶対泥がたっぷり取れるっていうのが分かってるから退屈なんだろう」
「そういう問題じゃないと思います」
「もっと引き上げてみるまで何が釣れているか分からないという期待が重要だ。よし、泥の中に何か入ってたら当たりとしよう」
「…………」
ラルスの、どんなことにでも面白さを見出してみようとする姿勢は、素直に凄いと思う。
だがそれは、出来れば自分と関係ないところでやって欲しい―――― 雫はそう心から願った。
「今から勝負だぞ、人参娘!」
「かえりたーいーなー」

城の濠は、一年の間に色々な落し物が沈み込んでいるらしい。
そこから二時間釣り勝負をした二人は、空き瓶や指輪、鏡の破片や陶器の人形の首など様々なものを拾い上げた。
どう見てもガラクタ。無用のゴミにしか見えないそれらを、ラルスは嬉々として水で洗い上げると、空桶に入れて城に持って帰る。
その様子を見て雫は、「王様ってやっぱ結婚とか向いてなさそ」と、がくがくになった両腕を下げて思ったのだった。
筋肉痛は二日治らなかった。