錆びついた腕

mudan tensai genkin desu -yuki

息が切れて死にそう。っていうか疲れた。俺は両手を地面について呼吸を整える。
怪我はない。けど、これは……やっぱ負けか……。俺は取り落としちゃった短剣を拾い上げた。
大きく息を吐いて顔を上げると、戦ってた相手と観戦してた魔女を見る。
袋菓子を摘みながら俺たちの試合を見てたティナーシャは、ぽつりと言った。
「腕、錆びつきましたね」
うわあああああああああああああ、同情の視線やめてえええええええええええ!



何でこんなことになったかと、ある日夕飯をたかりに来たギュテがいつものように、俺のことを「ずるいずるい」って言い出したから。
ずるいってのはティナが家事してくれてること。特に料理。
でも、そんなこと言われてもなあ。これは正当な取引な訳だし。
って言ったら「じゃあおれの方が強かったら、美少女はおれと住んでくれるの?」と。
お前……俺を舐めてるだろ! あとティナに幻想抱くのいい加減にやめろ! 
自分の皿だけ持ってとっとと部屋に引きこもっちゃったような奴だぞ!

阿呆か、って思ったけどそこまで言われて黙ってるのもムカツク!
というわけで試合ですよ。ティナに言ったら「好きにすればいいじゃないですか」つってたし。
とりあえずギュテだ! お前調子乗ってるだろ!
前職時代、俺がどんだけお前の無茶を尻拭いしてやってたか思い知らせてやる。もう何年も前のことだけどな!
………………っていうわけで、試合をした、わけですが………………
負けちゃったって何なの俺。



がっくりと項垂れる俺を前にギュテは飛び跳ねてる。石ぶつけるぞこのやろう!
奴はティナを振り返ると言った。
「こ、これで美少女が」
「あ、嫌です」
「…………」
うん。凹むのも無理もないよな。すっげーばっさり感だった。まるで野菜を両断するみたいに。
ティナは凹んでるギュテと項垂れてる俺を順番に見やる。
「貴方たちが試合するのは勝手ですけど、私がその結果によって動くなんて一言も言いませんでしたよね。
 参考になるかと思って見に来ましたけど、後のことなんて知りませんよ」
「うっ、うっ、おいしいご飯が……薔薇色の生活が……」
泣き崩れるギュテを無視してティナはどんどん帰っていった。
俺が言うのも何だけど、あいつは安定して冷たいな! 晴れ晴れするほど。
俺は涙目で睨んでくるギュテに、手を振って返す。
「あー、まぁ。うん。諦めろ」
「ずるい!」
「いやだって、俺あいつ説得できないし」
悪いとは思うんだけど無理。聞き分けて。
疲れた体を引き摺って帰ろうとする俺に、罪悪感、もといギュテが圧し掛かる。
「ウーニー」
「ウニ言うな! 俺だって凹んでんだ!」
「ウニの食卓がネギで埋め尽くされますように」
「嫌な呪いやめて!」
もう俺どうすればいいの! 凹みが止まらない!

ギュテを振り払って家に帰ると、夕飯作ってたティナは何だかすっげ不機嫌そうだった。
いつもと同じ表情だけど機嫌悪いってのが分かる。う、俺のせいか!?
とりあえず風呂行って摺り傷を洗ってる間に、テーブルには次々皿が並んでいった。
……なんかいつもと違う感じがする。何だろ。材料?
最後の皿を持ってきたティナは向かいに座る
「今日の惨敗ですが」
「う」
来たな! 説教か! 嫌味か! くそう、謝る準備は出来てるぞ!
思わず身構えると、ティナーシャは小さく溜息をついた。
「私のせいです」
「っすみませんでした! ―――― え?」
今なんて言ったの。よく聞こえなかった。
思わず凍っちゃった俺に向かって、あいつは並んでる皿を示す。
「ちょっと食事の内容を変えましょう。夕食はパンなし。代わりに野菜を多めに出します」
言われてみれば。パンない。肉と野菜はあるけど。



なんつーか、最近平和惚けしてたのもあるけど、体管理してるつもりでちょっと余計な肉がついてたみたいだ。
ティナの方はそれに気付いてたけど些細なことだし指摘しなかったんだと。はっきりとは言わなかったけど、ギリギリまで絞ってあるより、ちょっとくらい肉がついてた方が健康的だと思ってたらしい。
でもその些細な差がギュテとの試合では出ちゃったわけで……。
ティナに甘えて食事改善。俺は俺で訓練しなおし。疲れやすくなってるのも怠けてたからだしな。



で、一ヵ月後。
「私は、貴方くらいいるかいないか存在感が薄い人間じゃないと一緒に暮らす気にはなれませんけど、あの人はこのままじゃ納得しないでしょうからね」
「了解。きっちり勝ってくる」
どさくさに紛れて酷いこと言われた気がするけど気にしない!
見てろよ、ティナ、ギュテ! 俺は一度の失敗じゃめげないぞ!
ぶーぶー言ってるギュテを前に短剣を抜くと、俺はついてきたティナをちらっと見る。
いっつも不機嫌そうな魔女はその時も機嫌が悪そうで、でも俺が負けるなんて思ってもみないように本を読んでた。
うん、信じてろ!