猫あそび

mudan tensai genkin desu -yuki

その人物を助けるか助けないか、それはオスカーにとって「どちらでもいい」というものでしかなかった。
要らぬ軽挙妄動で敵の目を引くことになった人間なのだ。自業自得と言って差し支えないだろう。
だが彼女が「助けてくれ」と頼んだ。だから助けた。
結果としてオスカーは、目下求婚中であるヘルジェールからお礼を受け取る権利を得たのである。

「……というかお礼をする態度じゃないぞ」
彼の部屋に入ってくるなり壁にぴったり背をつけて睨んでくる女は、近づけば毛を逆立てて威嚇してきそうだった。
警戒の表情で身構えるその様は、野良猫のものによく似ている。
幼い王子の薬士として宮廷にいる彼女は、男の呆れ声にぶすっとした表情になった。
「あなたの要求がひどいんです」
「その要求を叶える気がないのか?」
「あるから来たんじゃないですか」
彼が手招きするとヘルジェールは至極嫌そうな顔で近づいてくる。
細身の体に添う黒い服。闇色の髪。懐かしい記憶を呼び起こす闇色の瞳が、彼を見上げた。
オスカーは手を伸ばすと華奢な躰を腕の中に収める。
幻ではない温もり。彼女が確かに生きているという証に男は安堵した。胸を焼く熱を深く吐き出す。
そうして彼女を抱いたままじっと動かないオスカーを、ヘルジェールは訝しげに見やった。
「これだけ?」
「何がだ?」
「五分間好きにさせろとかいうから、かなり用心してきたんですよ」
「ああ」
何をされるのかと相当恐れていたらしい彼女は、けれど少しほっとしたのか肩から緊張を抜いた。男の胸にもたれかかる。
艶のある黒い髪。男はそれを丁寧に撫でていく。一房を指に絡めてそっと口付けた。
「何をしようかとは考えたんだがな」
「考えなくていいです」
「正直五分あれば篭絡する自信はある」
「は、離してください!」
「駄目」
暴れ出すヘルジェールを少し力を込めて抱き締めながら、オスカーは白い耳朶に顔を寄せる。
誰よりもよく知っている妻の躰。今は記憶のないヘルジェールは、声をあげようとして一度大きく全身を震わせた。
そのまま力が抜けていく彼女をオスカーは片腕で支える。もう片方の手でしなやかな背から足をなぞった。
熱い首筋に顔を埋めていた彼は、しばらくしてぐったりしている女に気づくと苦笑する。
「しかしこれをやるのはちょっとな。不味い気もする。やりたくなるけどな」
彼はヘルジェールの答をまったが、彼女はすぐには何も言えなそうだ。ただ溺れる魚のように小さな唇がわななく。
オスカーは彼女を抱き上げると寝台に座らせた。
「とりあえず今日はここまでで」
「と、とりあえずって何ですか。次はありませんよ……」
ヘルジェールはよろめきながらも立ち上がると逃走を始める。
よたよたと覚束ない猫のような後姿を見ながら、オスカーは次はどのような要求をしようかと笑って考えたのだった。