純白

mudan tensai genkin desu -yuki

濃い色の木の床に広がる白いヴェールは、精巧な模様を描いてその中に花の意匠を無数に閉じこめていた。
大輪の薔薇の花が中でも目を引いて、職人の技巧の高さを思わせる。
鮮烈な白。絡み合う糸の巧妙さに気を取られたオスカーは、けれどすぐに視線を戻すと花嫁姿の少女を見下ろした。滑らかな額に口付ける。
「似合ってる。綺麗だ」
「本当?」
「ああ」
リースヒェンはその感想に、頬を薄紅に染めて微笑んだ。
幼さの残る口調は、純白の衣裳と相まって彼女の無垢を強めている。オスカーは妻となる少女の貌に不思議な感慨を抱いた。

かつて魔女であった彼女を娶った時、その時も彼女は純白の衣裳に身を包んで彼の隣に立った。
今よりも外見年齢はほんの数歳上だったが、纏う空気は鮮烈かつ圧倒的で、参列した客は皆息を飲んだのだ。
とうに滅びし国の影を負って立つ魔女は、そうして彼の眼前に恭しく膝をついた。
王である彼を見上げて絶対の愛情を誓った女。その眼差しの深遠を忘れることは永久にないだろう。
あの時、彼女の負ってきた歴史を受け止めると決めた彼は、今まさに悠久を歩いている。

無言になった男を、リースヒェンは不思議そうに首を傾いで見上げた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。もう行くか」
オスカーは苦笑して過去から戻ると、少女の手を取った。
扉の先は小さな聖堂になっている。リースヒェンは聖堂の奥へと向かいながら、正面の壁に飾られたアイテア神の石像を眺めた。
「神様に誓うの?」
「いや。別に何でもいい」
ファルサスはアイテアを主神として古き七神を信仰する国ではあるが、個人の信仰は自由である。
実際オスカーが以前式を挙げた時も、神には誓わなかった。
それは彼個人の考えもあるが、無宗教であったトゥルダールの女王を迎えいれる為の配慮でもあったのだ。
祭壇の前についたリースヒェンは、男の言葉を聞いて頷いた。闇色の目が深遠を湛える。
「ならわたし、あなたに誓う」
「……俺に?」

『貴方に誓います。この精神も肉体も魂も、とこしえに貴方のものだと』

剣の切っ先を思わせる誓句。
それは式の夜、彼女が彼に告げた言葉だ。
愛情を突きつけて委ねる誓いは、単純でありながら全てが絡み合っている。
オスカーはそれを聞いた時、強い充足と共にまた「試されている」とも感じたのだ。
最強の魔女を支配する―――― 果たして自分は、その力に溺れないでいられるのかと。
重ねられた時は限りない。
あの晩からどれだけの月日が過ぎたのか、オスカーは懐かしさを飲み下して微笑んだ。
「なら俺はお前に誓う。それでいいか?」
「うん。他に何かするもの?」
「それだけだ」
絡まりあったものを一つに。飲み下し難い運命を蜜月に。
オスカーは彼女の委ねる全てを単純な感情として返す。
軽い口付けを受けたリースヒェンは、嬉しそうにはにかんだ。精一杯背伸びして、夫となった男に抱きつく。



試されているのは、今でも変わらないのだろう。
むしろ王であった時代より何処にでも行ける分、その意味合いは多元的になった気がする。
オスカーは花嫁姿の少女を抱き上げた。
「さて何処に行きたい? 折角だから外を回るか」
「ナークに乗りたい」
「分かった。けどヴェールが飛ばされないように気をつけろよ」
「押さえてる。あとドレスも自分じゃ脱げないから大丈夫」
何が大丈夫なのかは分からないが、背中できっちりと編み上げられている衣裳を見てオスカーは笑った。
「脱ぎたくなったらリトラに脱がせてもらえばいい。着替えは持ってこさせる」
「オスカーは脱がせる? 大切なことだから先に聞いときなさいって、着せてくれた人が言ってた」
「脱がせるけど脱がさないからな」
「なんで?」
「何ででも」
物知らずな少女だけあって、周囲に余計なことを吹き込まれてきたらしい。
オスカーは不思議そうな少女を抱きなおすと、その場に転移門を開き小さな聖堂を後にした。
後には何もない。ただ空の祭壇が、淡い日の光を受けて白く輝いている。