闇の中

mudan tensai genkin desu -yuki

いつからここで倒れ伏していたのだろう。目が覚めたニケは青草の上に手をついて顔を上げた。
辺りを確認すると見覚えのある場所だ。具体的には彼が仕官している城の中庭である。
一体何がどうなってこのような場所で倒れていたのか、記憶がはっきりしない彼は頭に手を当てる。
「……ん?」
手触りがおかしい。
もっと言えば、あるべきものがない。
それがどういう事態を意味しているのか、すぐに察しがついてしまった彼は、何故か痛む体を引きずって近くの池にまで這い寄った。そして水面を覗き見る。
「…………」
―――― またか、と思ってしまったのは過去の積み重ねがあるからだろう。
髪の毛がまったく残っていないつるつるの頭部を確認したニケは、溜息をついて青草の上に胡坐をかいた。

彼の毛髪がこうして絶滅するのは初めてのことではない。今まで三度程経験している。
その為彼もさほど驚きはしなかったのだが、問題は誰がどうやって髪の毛を奪っていったのか、ということだろう。
ニケは過去三回の犯人をそれぞれ頭の中で比較してみた。
すなわち、隣国の国王と、その血を引く自国の王太子、そしてその従者を。
「と言っても状況が曖昧過ぎてな……」
隣国で倒れていたのなら犯人はまず確定だ。
だが例の国王が犯人なら、そもそもニケをわざわざ気絶させたりはしないだろう。捕獲して「動くな」と言えばそれで済む。
以前そうして椅子に硬直しながら、ばさばさ自身に別れを告げていく髪の毛を見送った記憶もあるのだ。
ニケは自分が倒れていた周辺に髪の毛が落ちていないことを確認すると、次の可能性を思案した。
「となると殿下か?」
彼の主君の息子であるイルジェは、彼の髪の毛を実験用の畑程度にしか考えていない。おかしな魔法薬を作っては気軽に試してくる。
以前そうやって、朝起きて髪がなくなっていたこともあったのだ。あの当時はまだ経験不足だった為、鏡の前で絶句してしまった。
―――― しかしそう考えても、やはり気絶させる必要はない、という同様の疑問は残る。
イルジェの命令にニケはさからえない立場なのだ。昨日もおかしな味の菓子を食べさせられたばかりなのも同様の理由であるし、「髪を剃らせろ」と言われたら内心はともかくニケも従っただろう。
「……ということは、だ」
残る可能性は一つだ。イルジェの従者であり、潜在的にはこの城で一番の危険人物である少年。
ニケはシスイを捕まえて懲らしめる為にようやく立ち上がった。
だが、そうして城の中に戻ろうとしたところで、偶然にも当の本人が向こうからやってくるのを目にする。ニケは手の中に捕縛の構成を組んで近づいてくる少年を待った。
シスイはすぐに彼に気づいて軽く手を上げる。
「こんなところで休憩ですか?」
「そういうお前は様子見にでも来たのか?」
「いえ。探し物をしていたのですが……随分さっぱりとした髪型に変わりましたね。どういう心境の変化ですか?」
「何が心境の…………って…………お前じゃないのか?」
「僕? 何の話ですか?」
「…………」
振り出しに戻ってしまった。全部の可能性が怪しくなったニケはさすがに呆然自失し――――
「何だこの事態は!?」
「どうしたんですか急に」
「俺の髪の毛は何でなくなった!」
「知りません。というか今まで受け入れてた様子なのに何ですか」
「お前がやったと思っていたからだ!」
「僕なら髪を剃ってもいいんですか?」
「いいわけあるか!」
犯人が予想通りなら諦めもつくが、原因不明では落ち着かないにも程がある。ニケはつるつるの頭を抱えて唸った。
「なんなんだこの城は……油断も隙もならないぞ」
「あなたにとっては割りとそのようですね」
「他人事のように言うな。原因を調べるぞ」
「えー?」
王族その他のせいで髪がなくなるのは構わないが、正体不明の何かが城に侵入しているのだとしたら大問題である。
ニケは面倒くさそうな少年を引きずって城の建物へと戻っていった。



半日に及ぶ調査の結果、昨日食べさせられた菓子が弱った毛根に直撃したらしいということになった。
しかし同様の菓子を食べた他の兵士たちには何も起こっておらず、ニケの毛根だけが弱かったのか、それとも何か別の原因があったのか―――― 真実は謎のままである。

「ちょうどいいから育毛剤の実験していいですか」
「…………」