慟哭

mudan tensai genkin desu -yuki

自分が何を考えているのか、分からなくなるのは稀なことではない。
むしろ、いつも分からないでいるのかもしれない。
是と思って為す自分を、高みから見下ろす自分が否と言う。
酷くいびつだ。
だが人は皆そうなのだろうと思う。
そうであるならきっと、いつか誰かが自分を殺しに来てくれるだろう。



町の広場は旅人や商人で賑わっていた。
漂ってくる食べ物のよい香り。屋台には塩焼きの魚が並べられ、人々の食欲を刺激している。
広場の隅でベンチに座るアヴィエラは、そのような景色をじっと眺めて動かなかった。
大陸の何処にでもある平凡な街。だがその領主が禁呪に魂を売り渡さんとしていることは、まだ誰も知らない。
知っているのは彼女だけだ。アヴィエラは膝の上に置いた紅色の本を指で撫でる。
惰性で頁を捲ろうとした時、横合いから幼い声がかかった。
「おねえさん、魔法士?」
「ん?」
見ると、幼い兄妹が手を繋いで彼女を見つめている。
魔法着を着ているから魔法士と判断したのだろう。アヴィエラはベンチに座りなおすと、二人へと笑いかけた。
「そうだが、どうした?」
「これ、直せる?」
妹が差し出してきたものは、小さな魔法仕掛けの踊り子人形だ。
アヴィエラは紋様を一瞥してその効果を判別した。
「お辞儀をしなくなったのか。少し待て」
こういった子供の玩具は、構成を込める為の紋様の精度が甘い。
アヴィエラは懐からナイフを取り出すと、人形の背に刻まれた紋様を少し弄った。詠唱を加え、構成を修正する。
「ほら、直ったぞ」
「ありがとう!」
二人は喜んでそれを受け取ると、ぺこりと頭を下げた。
愛らしい女の子の笑顔と妹の手を引く兄に、アヴィエラは微笑を洩らす。走り去る子供たちが広場の向こうに消えると、背後に新たな気配が現れた。
「何をしていた?」
「頼まれごとに応えただけだ」
「それをして何の意味が?」
「何もない。ただ可愛らしかっただろう?」
人間ではない男に、そういった機微は分からない。
分からないと思いながら、けれどアヴィエラは口にすることをやめなかった。
やめなければいつか伝わるなどと、期待をしているわけではない。感傷のようなものだと思う。
エルザードは怪訝そうな目で、子供たちが消えていった街角を見やる。
「用は済んだぞ」
「そうだな……。帰るとするか」
一つところに長居をしては、動きが鈍ってしまう。
アヴィエラは頷いて転移の構成を組んだ。二人の姿は、音もなく広場から消え去る。



自分が何を考えているのかは分からない。
何が正しいかを、考えてはやめている気もする。
定まらない。
それは人間そのもので、だが自分はきっともう人ではない。
いつかの終わりを待っている。その中で、少しでも何かが変わればいいと思っているのだ。



「アヴィエラ」
「なんだ?」
「あの町は無事滅んだぞ」
「―――― そうか」
聞こえた言葉に感情が動かされることはもはやない。揺らぐのは感傷だけだ。
本を読みながら頷くアヴィエラに、エルザードは小さな箱を差し出す。
「これは土産だ」
「土産?」
黒い木の箱を、アヴィエラは素直に受け取った。
エルザードは、彼女が死者の遺物を拾い集めることを知っている。だからそれを汲んで何かを拾ってきてくれたのだろう。アヴィエラはそう思った。
彼女は受け取った箱を、膝の上で開ける。
空白。
息を詰めた。
耳元で男が囁く。
「可愛いと気に入っていただろう?」
エルザードの声音に悪意はない。アヴィエラは嘆息を飲み込んで箱を閉じた。小さな黒い箱をそっと抱きしめる。
「……そうだな」
閉じた目から涙は零れない。
泣かない自分を、高みから見下ろす自分が憎悪する。
酷くいびつだ。
狂っている。
だからいつかきっと、誰かが自分を殺しに来てくれるだろう。