悪い子

mudan tensai genkin desu -yuki

魔法士の優秀さとは主に、魔力量と構成能力、そして構成速度で決定されると言われている。
これは主に「魔法を使うこと」を主眼に置いた場合の話であり、実際のところ三つの要素が魔法士の全てではないのだが、分かりやすい基準であることは確かだ。
現にファルサスの宮廷魔法士などはほぼ全員が三つの要素において、一定以上の能力を示している。
だからこそこの国が魔法大国と呼ばれている側面もあるのだが―――― こういった規格に当てはまらない者もまた、ファルサスには存在していた。

「これは……凄い、ですわね」
机の上に広げられた手書きの魔法書は四冊に及んでいる。
それらは全てオスカーの妻である魔女が残したもので、高度な魔法技術やそれ以外の実験記録で溢れていた。
渡された魔法書をぱらぱらと捲っていたレウティシアは感嘆の息をついて顔を上げる。
「それで、この中に『世界を渡る方法』があると?」
「多分な。そっちの一冊に少し書いてあるが、考察自体は記述が分散しているみたいだ。
 どれがそうなのか、俺には分からないから全部持ってきた」
奥の椅子に座る男は、膝の上に座る少女の髪を撫でている。
彼の胸に寄りかかりうとうとと眠りかけている彼女こそが、この魔法書を書いた本人であるのだが、その時の記憶がない状況では尋ねようもない。
異世界から来た人間を元の世界に帰す為にはどのような術が必要なのか。
前例のない課題を前に、彼女以外の三人は真剣に頭を悩ませなければならないようであった。
そのうちの一人、エリクが手を挙げてオスカーに問う。
「これ、部分的に書き写しても構いませんか。関係がある部分だけ抽出したい」
「終わった後に処分するなら構わない」
「ではお言葉に甘えて」
半ば途方にくれかけていたレウティシアとは対照的に、エリクはさっさと新しい紙に書き付けを取り始める。
その様子を見た二人は、思わず示し合わせたように顔を見合わせた。
「中々逸材を擁してるな」
「彼は特別でして……構成力が跳びぬけているので、少し前までは私の魔力を貸し出していました」
「なるほど。俺と足して割るとちょうどよさそうだな」
「そ、それは」
魔力量は跳びぬけているが、構成が苦手で仕方ない男は手近な一冊を手にとってみる。
何とはなしに中をぱらぱら捲っていると、ある頁の隅っこには、猫の落書きと共に「疲れたにゃー」という一行が書かれていた。
オスカーは無言で裏を見て何もないことを確認すると、その部分を破りとって懐にしまう。
他の三冊にも同様の落書きがないか確かめたくなったが、既にエリクが真剣に目を通し始めている以上、中断させることも出来ない。
妙な落ち着かなさを味わいながら、オスカーは彼が何事にも引っかからず次の一冊に移行するのを待った。
しかしその願いも空しく、エリクは顔を上げるとある頁の隅を指し示す。
「ここに描いてあるアヒルの図は――」
「関係ない。まったく関係ない。見なかったことにしてくれ」
「何かの暗喩という可能性も」
「絶対ないから大丈夫だ」
断言するオスカーとは別に、エリクはまだ可能性が捨てきれないのか首を傾ける。
その向かいではレウティシアが真っ青になっていた。



型に嵌まらない人材というものは、やはり型に嵌まらないだけの理由が色々あるらしい。
そのことを実感したオスカーは、一旦魔法書を引き取って帰ると、複雑な思いを抱えつつ全部の落書きを消してきたのだった。
ふと気になってリースヒェンの書き取り帳を見ると、やはりそこにも猫の落書きが描かれていた。