花弁

mudan tensai genkin desu -yuki

「うらないを、しない?」
その声は不意にティナーシャの後方からかけられた。
ほどほどに人通りのある町の中央広場。振り返って声の主を確認した彼女は、ぎょっと足を止める。
「え……?」
視線の先にいた者は一見普通の占い師だ。広場の隅の日陰に小さなテーブルを置いて、その向こうに座している。
テーブルの上には白い花束だけが置かれており、それ以外占いの道具らしきものは何も見えない。
占い師は薄汚れた被り布で半ばその顔を隠しており、だが若い女なのだろうということは声や口元から窺い知れた。
しかしそういった何の変哲もない要素とは別に―――― ティナーシャは女の持つ魔力の膨大さに唖然としてしまう。
「え? 何ですか、貴女……」
「うらないを、しない?」
「占いって、いや……」
底知れぬ魔力。個人でここまでの魔力を持っている人間を、ティナーシャは極僅かしか知らない。
五指に足らぬ彼女たちは皆「魔女」と呼ばれる者たちで、だが目の前の占い師が異様であるのは「声をかけられるまで、その魔力の大きさに気づかなかった」という点だった。
ティナーシャは内心の警戒を表情に出しながら、テーブルの前に歩み寄る。いつでも構成を展開出来るよう意識しながら、相手の女を見下ろした。
「貴女、何者ですか」
「うらないしないの?」
「いや占いどころじゃ」
「うらない」
「……分かりましたよ。占ってください」
どうやらこの申し出を受けなければ話は進まないらしい。
ティナーシャは諦めて了承を返したが、目の前の椅子には座らなかった。
しかし相手もそれを気にしてはいないようで、抑揚の乏しい声音で語り始める。
「あなたは、壊れたものを綺麗にする。それから人に繋がれて、いずれはみ出るわ」
「……何ですか、それ」
―――― 魔法には人の運命の予知を可能にする法則はない。
その為占い師と呼ばれる人間の多くは、客と対話しながら幅を持たせた言動をしていくものなのだが、ここまで意味不明な発言だと幅うんぬんの問題ではない気がする。
ティナーシャはぽりぽりとこめかみを掻いた。
「それだけですか? 私、友人と待ち合わせしてるんで、貴女の素性を確認して終わりにしたいんですけどね」
「はみ出て、溶ける。あなたはあなたでなくなる」
「人を不定形生物のように言わないでください」
「あちこち見えない。魂が変なの?」
「知るか! 何なんですかもう!」
どうしておかしなことになってしまっているのか。
思わず大声を上げてしまったティナーシャの肩を、しかし唐突に誰かが叩いた。呆れ混じりの声がかかる。
「何やってんのよ、あんた。珍しく遅刻してると思ったら」
「あ」
この町で待ち合わせをしていた相手、ルクレツィアはティナーシャを探してきたらしい。ひょいと友人の肩越しに占い師を覗き込んだ。
「なんだ、カサンドラじゃない」
「へ?」
「ひさしぶり、ルクレツィア」
そこで初めて被り布を取った「魔女」は、何を考えているか分からない澄んだ青色の目で二人を見上げた。
人形のように整った容姿に、ティナーシャは何故か瞬間、ぞっと戦慄する。



「話には聞いてましたが、実際会うと変わった人ですね……」
「そりゃ魔女だしね。まともな人間のはずがないわよ」
「貴女が言うと説得力あります」
「あ、ちなみにカサンドラの占いって、絶対当たるから」
「…………え?」
絶句するティナーシャをよそに、ルクレツィアは「あんたも来なさいよ」とカサンドラをお茶に誘う。
浮世離れした少女にしか見えない魔女は細い首を傾げた。
「お茶、おいしい?」
「別に好きなもん頼んだらいいじゃない」
「氷が食べたい」
「はいはい」
ついてくる気になったのか、カサンドラはテーブルや椅子、そして白い花束をいずこともなく転移させしまっていく。
その様を横目に見ながら、ティナーシャはしばらく「え……はみ出て溶けるって何?」と頭を抱えて悩んだのだった。