mudan tensai genkin desu -yuki

眠くて眠くて仕方ない。
それが彼女の日常の大半を占める感覚だ。
フィストリアを身篭っていた時もそうだったが、体質的に孕むと眠くなってしまうのだろう。
結果、一日の半分以上を寝台で過ごしているティナーシャは、その日もようやく昼過ぎに目を覚ました。
誰もいないのだろうと思って枕の上に体を起こした彼女は、しかし死角から頭を撫でられ驚く。
「あれ?」
「ようやく起きたか」
背後から寝台を覗き込んでいるのは彼女の夫だ。
本来ならば執務室で仕事をしているはずの王を、ティナーシャは首を傾けて見上げる。
「貴方も寝坊ですか?」
「そんな訳あるか。休憩時間になったから様子を見に来ただけだ」
「ああ……ありがとうございます」
確かに彼の服装はきちんとしていて、寝坊をしたようには見えない。
ティナーシャはぼんやりした頭でようやくそのことを認識すると、小さく欠伸を噛み殺した。
「何か眠くて眠くて」
「前もそうだったのか?」
「です」
再びずるずると崩れ落ちかける背をオスカーが支える。
彼は寝台にある枕を集めると、身重の妻の背をそれらで支えた。既にかなり大きくなっている腹をまじまじと眺める。
「しかし、中々似合わないな」
「それ、ルクレツィアにも言われましたよ。私だって鏡を見たら吃驚です」
「だが嬉しいものだ」
率直な言葉に、ティナーシャは目をしばたたかせる。
彼がこの懐胎を喜んでいることは知っていたが、改めて聞くと何とも言えないくすぐったさがあった。男の手が大きな腹をそっと撫でていく様を、彼女は不思議なもののように眺める。
第一子の時はまったく妊娠や出産の過程を知らないでいたことも関係しているのだろう。オスカーは彼女が懐妊してからというものの、魔法の使えぬ王妃を真綿でくるむようにして扱っていた。
少なくとも寝坊しても怒られなくなったティナーシャは、苦笑して王に返す。
「でも三人目は生みませんからね。これ以上強力な魔法士を生んでは後に障ります」
「ああ。構わない」
「あとお腹大きいと、自分の足に届かなくて不自由です。足の爪とか切れませんよ」
「じゃ、俺が切ってやる」
「ええ!?」
ティナーシャはぎょっとして足先を引っ込めようとした。
爪が切れないとは事実ではあるが、半ば冗談として口にしたことなのだ。本当に困っていることならパミラや女官の手を借りれば済む。
いくら夫とは言え、王である彼に自分の足先を触らせたいとは思わない。
しかしうろたえる妻をよそに、オスカーは本気で爪を切るつもりらしい。
女官を呼びつけて爪きり鋏を受け取る男を、彼女は唖然として見上げた。
「本当にやるんですか?」
「大丈夫だ。昔は自分で切ってた」
「いや、そういう心配はしてないですけどね」
「いつもお前がやってくれてただろ」
オスカーは再び寝台に上がると、彼女の対面に胡坐をかいた。細い足首を当然のように掴む。
―――― それだけでもう、何も逆らう気がなくなってしまうのは何故なのか。
白い指先を支えられ、ティナーシャは軽い眩暈を覚えた。指の腹に触れる手の感触が彼女を寝台に縫いとめる。
肌に冷たい刃物が触れる。ぱちりと鋏の音がする。
真面目な面持ちで爪の甲を撫でていく男を見ていられずに、ティナーシャは枕に背を預けて天井を仰いだ。
そして淡い息をつく。
芯までを強く灼くこの熱情が、腹の中に伝わらなければいいと思った。



「あの、精神消耗するんでそろそろやめませんか?」
「まだ片方しか切ってない」
「もういいですから。爪なくなるとなんか落ち着きませんし」
「お前は猫か。というか、今の状態で猫に変化したら猫の子が生まれるのか?」
「怖いこと言わないでくださいよ……ちょっと気になるじゃないですか」