酒宴

mudan tensai genkin desu -yuki

プレハブの部室棟は出来てまだ一年というのに、すっかりあちこちが薄汚れていた。
サッシには埃が厚く積もり、夜を映す窓は摺り硝子と見間違う程に曇っている。
本来の部室棟を建て替えるということで大学の片隅に作られたこのプレハブには、今のところ全部で二十のサークルが入っていた。
もっとも日が落ちた後は、鬱蒼とした林のすぐ隣という立地のせいもあり、女子たちは近づきたがらない。
その為今も明かりがついている部屋はそう多くなかっただが、元から女子学生がいないサークルであれば、そのようなことは関係ないだろう。
半ば毎日のように部室に入り浸っているおでん研究会の会員二人は、そんな訳でこの日も自作の掘りごたつに入り鍋を囲んでいた。
青葉は火をつけていない煙草を噛みながら、投入しておいた玉子の数を数える。
「全部で五個だっけか? 一人二個で一個足りないな」
「村上が一年生連れてくるって言ってましたよ」
「何人?」
「二人だったと思います」
今、ここにいるのは、青葉と二年生の佐山だけだ。
普段はもう少し人がいるのだが、今はテスト期間直前とあって部室に顔を出す者も少なくなっていた。
「なんだ、新勧時期も終わってるってのに、剛毅な一年がいたもんだな。勉強はいいのか」
「それ、俺たちも同じですよ。青葉さんレポートいくつあるんですか」
「五つ」
もっとも一つ一つがそう大変な訳でもない。アパートに帰って一人分の食事を作るよりは、ここで済ませた方が楽だ。
青葉は「一年生二人なら、玉子一人一個だな」と呟きながら、菜箸で鍋の中をかき回した。
ちょうどその時、サッシ戸が開いて一年生を連れた村上が入ってくる。
「見学者連れてきましたよ」
おでん研究会の中でも陽気で知られる彼は、後ろに立っている二人を指し示した。
青葉はそのうちの一人をちらりと見て顔をしかめる。
「女の子じゃないか」
「あれ、まずかったですか」
「まずいってわけじゃないけどさ、うち女子部員いないだろ。察しろよ」
「お邪魔なようなら帰ります」
若干の険がある声は、連れてこられた少女のものだった。
青葉はもう一度鍋から顔を上げると、彼女の顔を改めてちゃんと見た。若干の驚きが喉元に生まれる。
だが彼はそれを表に出さないよう努力すると、平然と返した。
「邪魔ってわけじゃない。ただここで飲み食いしてると夜遅くなるし、辺りは街灯もろくにない林だろ。
 駅までも人通りが少なくなるし、そうなると危ないから。あまりお勧め出来ない」
「自分の面倒くらい自分で見れます」
「本人がそう言ったからって、はい、そうですか、とは放置出来ないんだよ。
 何かあってからじゃ困る。送り迎えする奴がいるってなら別だけど」
「あ、俺やりますよ」
手を挙げたのは彼女を連れてきた村上だ。青葉は「オーケー」と許可を出す。
それをきっかけに、立っていた三人は掘りごたつに収まった。てきぱきと取り皿や箸が回される。
もう一人の一年生は彼女と同じクラスらしい。話を聞くだに村上が声をかけたのはこの男子学生の方で、彼女はどちらかというと付き添いであるようだった。
青葉は少女の皿に玉子を盛ってやりながら問う。
「君は兄弟は?」
「姉が二人います」
「そうか」
少女の答は淀みなかったが、瞬間僅かに淋しそうな目になったのを青葉は見逃さなかった。
彼は具を取り分けた皿を彼女に渡す。
「はい、どうぞ」
「……あの、玉子二個あるんですけど」
「味染みてて旨いぞ。学園祭の売りだ」
「はぁ」
彼女は不思議そうな顔ながらも、それ以上は何も言わずに箸を取った。
愛らしくはあるが若干きつく尖っていたその目が玉子を食べて緩むのを、青葉は面白そうに見守る。
何が分かって何が変わるわけでもない。ただ彼は少しだけ、安心した気分になった。



「あの、研究っていつ始まるんですか?」
「今、今食べてるだろ」
「??? ODA研究会ですよね」
「おでん研究会だよ」
「???」