物語

mudan tensai genkin desu -yuki

そこは、荒野に唯一残る草原のような町だった。
忘れ去られた町と言った方が近いかもしれない。三方を山に囲まれた荒野は、かつては肥沃の土地として苛烈な争いの的にもなったのだ。
だがある時、白い炎が全てを焼き、土地は荒れ果ててしまった。
以後不毛の場所となってしまったそこ―――― 神具の洗礼を受けた場所に、小さな町が作られたのは、ほんの四十年前のことだという。

「久しぶりだねぇ」
町の中に一つだけある酒場。昼間からそこを訪れたダルトンは、店の奥からかけられた馴染みの声に手を振って返した。
出てきたのは酒瓶を持った背の高い女で、その顔立ちはあと五歳若ければ、さぞかし評判の美人としてもてはやされただろうと思えるものだ。
だが彼女自身は生まれながらの造作よりも、日に焼けた肌や力仕事で鍛えられた腕の方が自慢であるらしい。
大きな酒瓶をどんとテーブルにおいて、彼女はダルトンを手招いた。
「今度は何処を回っていたんだい?」
「東の方だ」
「ああ、確かにあの辺は戦が多かったみたいだね」
「雇い主に困らないのはいいが、騒がし過ぎるのもなあ」
テーブルについたダルトンがそうぼやくと、女は笑って酒を注ぐ。
袖を捲くった腕に見える大きな古傷を、彼は目を細めて眺めた。
かつて傭兵仲間であった女は、男の視線に気づくとにやりと笑う。
「どうしたい。あんたも隠した方がいいとか言うのかい?」
まるで試しているような問い。ダルトンは黙って首を横に振った。

今は酒場の主人である女―――― バルリアが、ダルトンと行動を共にしていたのは、五年も前の話で、ほんの二ヶ月間のことだった。
知り合ったのは傭兵を十数人集めての魔物退治の仕事でだ。 しかし、その仕事を終えて生き残っていたのは、彼ら二人だけだった。
そのまま何とはなしに行動を共にした彼らは、最後にこの町で別れた。
傭兵をやめて町で暮らすと言った彼女は、ダルトンも誘ったが、彼はそれを断った。
ただそうして道が分かたれた後も、彼は時折こうしてバルリアを訪ねる。

「あんたもさあ、いつまでもそうして剣商売してられるわけじゃないだろ」
二人で空けた酒瓶はもう三本目だ。今まで何度聞いたか分からぬ言葉に、ダルトンは「そうさなあ」と曖昧な返事を口にする。
「この前旅人からあんたの話を聞いたよ。
 こんな外れの町まで名が届くなんて、男どもは羨ましがるかもしれないけど、いいことじゃあないよ。
 傭兵にとっちゃそれは、ただ死に易くなるってだけだ。違うかい?」
「確かに。違わないな」
「ならやめちまえばいいのさ。あんたはもう充分がんばっただろ?」
女の声に翳りが差したのはその時だ。バルリアはグラスを置くと、傷の残る腕を上げた。
「あんたがこれを見て思うことを、あたしもあんたに思ってる。
 そりゃ、あたしたちに傷を隠す生き方なんて似合わないさ。でも、傷を増やさないことは出来る。
 そうやって生きてもいいんじゃないかい。きっと誰も咎めたりはしないさ」
ぶっきらぼうな言葉は、だが偽りのない温かみに満ちていた。
バルリアは固い指先で酒瓶をなぞる。掠れた音が薄暗い酒場に、すすり泣きのように響いた。
かつて毎晩のように聞いたその音を、ダルトンは懐かしく思う。



何故戦うのか。
その問いに答えられる傭兵は、きっと多くはない。
大半の者は生きる為に戦う。それだけだ。思想も感情もそこにはない。
だから彼女もかつて同じ問いを自身に向け―――― そうして剣を置いたのだろう。
「一緒に生きないか」と聞かれた五年前を、ダルトンは思い出す。



窓から見える日は既に落ちかけている。
酒場を開けるまでもうあまり時間はないだろう。ダルトンは空き瓶を手に立ち上がった。
頬杖をついているバルリアが目だけで彼を見上げる。その瞳に諦観を見た男は苦笑した。
「バルリア、いつもありがとうな」
「あんた、本当馬鹿だよねえ」
「性分でな」
―――― それでもこうして、彼女が平和な地に根を下ろしているのを見る度、安堵する。
幸福になって欲しいと思う。たとえ自分とは関わりのないものであるのだとしても。
来た時と同様、ふらりと去っていこうとする男に、バルリアは声をかけた。
「せめて、あたしの知らないところで死なないでおくれよ」
「そりゃ無理な相談だなあ」
草原のような町は、これからも戦場から遠いままだろう。
だからきっと彼女は、ただの傭兵の死を聞くことはない。
知らないまま遠ざかっていく。
それでいいと思う。



三年後、墓標のない傭兵の墓に酒瓶を置く女がいた。
腕に大きな傷跡を残す彼女は、何も言わずただその酒を地に撒いたという。
それは何処にでも転がっている、誰も語ることのない話だ。